神話入門


8世紀初めにまとめられた両書

『古事記』は712年、『日本書紀』は720年というように、いずれも8世紀のはじめにまとめられた歴史書です。神代から書き始められ、『古事記』は推古天皇、『日本書紀』は持統天皇というように共に女帝で終わっているところも同じです。また、両書とも編纂の出発点が、7世紀後半の天武朝にあるという点も一致しています。
このように、共通項の多い『古事記』と『日本書紀』ですが、その中でもやはり成立年が近いというのは見逃せません。すなわち、『古事記』と『日本書紀』の成立年の間には、わずか8年しかありません。わずか8年の間に同じようなものが二つも作られるというのは、少し不自然に思われます。むしろ、『古事記』『日本書紀』とは別物と考えた方がよいのではないかといわれています。

「記紀」ではなく「記・紀」としたら?

古事記』と『日本書紀』とを総称して「記紀」といういい方がなされますが、こうした両書を一緒にしてとらえる見方に批判がでています。それは、『古事記』『日本書紀』とでは、性格が違うというのです。
では、どのようにちがうのでしょうか?この点については、いくつかのことが指摘されています。たとえば、『古事記』は天皇家のための歴史書であり、『日本書紀』は国家の歴史書であるという考え方です。両書とも葦原中つ国を天皇が支配することの正当性を述べているのですが、性格に微妙な相違があるというのです。また、『日本書紀』は対外面を意識しているともいわれます。つまり、中国などの外国向けの歴史書というわけです。『古事記』は内廷的、『日本書紀』は外廷的と言われたりします。こうした指摘はもっともなことで、安易に『古事記』と『日本書紀』を一緒にして「記紀」というのは正しいとは言えません。
しかし、視点を変えて、地方で編纂された『風土記』に対して、中央でまとめられた『古事記』・『日本書紀』といういい方はできるのではないでしょうか。そうした意味をこめて「記・紀」という使い方をしたらよいのではないかと思います。