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語り:高橋 ハルヨさん
(大和村 明治35年生まれ・昭和49年収録) |
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昔むかし、西行さんといってねえ、歌詠みの方がおってだったげな。歌を詠むことがとても上手で、歌で修行をしておられたげな。
あるとき、西国を回っておられた時分に、どうもお便所に行きたくなって考えておられなさったら、ここに、そうっと窪んだところがあるから、ここでお便所をしようかと思って、山の中でお便所をしなさったげなね。
お便所をして、ひょいっと後を見なされば、ウンコがぐりぐり歩き出したげない。西行さんは、歌をよく詠む人だから、
西行が四国西国めぐれども 生き糞ひったはこれが初めて
と言って詠みなさったげな。そしたらねえ、ガマが下から、
駄賃取らずの重荷負いとは これがことかや
と言ったので、西行さんも生き物に一句、取られなさって、西行さんも、
「ようにしもうた。句に負けたわい。これじゃあ、わしも修行ができんかしらん。いままでえっと歌あ詠んで修行しただに」と思って、またそこから出なさって、熱田の宮へ参りなさって、また歌あ詠みなさったいうて。
これほど涼しきこの宮を 熱田が宮とはだれが言うたか
と言って詠みなさったげな。そしたらねえ、熱田の宮の宮司さんが
西行は西行く坊主と書いてある 東に行くとはこれはいかに
と言うて詠んでだったげなで、とうとう西行さんは歌詠みの先生だったのに、歌を詠むことをやめてだったと。それこっぼり。
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