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医光寺

医光寺は前身を臨済宗東福寺派、滝蔵山崇観寺(たきぐらさんすうかんじ)と称し、本尊は薬師如来、創建は正平18年(1363)七代益田兼弘の代です。以後、益田家の菩提寺として崇敬厚く、一時隆盛を誇りましたが、しだいにすたれました。十七代益田宗兼の時、崇観寺の南の高台に新たに医光寺を建立し、両寺は統合され、崇観医光寺と呼ばれるようになりました。

総門(県文化財指定)は、元、七尾城の大手門だったものを、関ケ原の戦の後、ここに移転し承応年間(1652~1655)以後、竹田の番匠により、屋根を黄檗(おうばく)宗寺院の山門にみられる、竜宮造になおしたものです。2本の太い柱に2段の屋根をかけ、大扉をつけた勇壮豪快な手法の門です。

また、文明年間(1469~1487)画聖雪舟が、第五世住職として万福寺から移り、名園を築きました(国史跡および名勝指定)。現在の庭は享保14年(1729)の大火後再建されたもので、池泉観賞半回遊式庭園といわれ、春秋に訪れるものの目を楽しませてくれます。山崖をそのまま活かし、池中には島をおき、いわゆる、蓮莱型山水庭園の特色をよくあらわしています。書院の前から仏殿の背後まで、広い地域をうまく処理し、雪舟庭園の中でも最高といえます。万福寺の庭園が寺院様式を基調としているのに対し、医光寺庭園は武家様式をとり入れており、雪舟の多才ぶりが感じられます。

そのほか、建築では、中門、鐘楼、玄関があり、彫刻では、日光、月光両菩薩像、十六羅漢像、香盒(こうごう)など、興味をひく所蔵品が保存されています。

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