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しまね海洋館アクアス

西日本で唯一シロイルカが観れる、中四国最大級の水族館です。愛くるしいシロイルカが披露する「幸せのバブルリング」Ⓡや「幸せの魔法マジックリング」は必見です!
4種のペンギンがいるペンギン館では、水槽の下からペンギンたちがまるで空を飛ぶように、自由に泳ぎ回る様子を観ることができます。
その他、山陰の神話に登場するサメ(地方名わに)を展示する神話の海(サメ大水槽)、島根県の県魚でもあるトビウオや「ノドグロ」で知られる「アカムツ」など約400種1万点の生物をご覧いただけます。
また、ナイトアクアスやバックヤードツアー、冬期のペンギンパレードなど、季節ごとのイベントも人気です。
お土産コーナー、レストランやキッズルームなど、ファミリーにも嬉しい設備も充実しています。

約150年前の江戸時代末期に開湯した歴史ある温泉で、山あいの静かな環境と相まって昔から多くの人が湯治や休養に訪れていました。古くから日本屈指の「美肌・美人の湯」として知られています。閑静な佇まいの温泉街に日帰り入浴施設と宿泊施設があり、思い思いの過ごし方で名湯をじっくり堪能できます。
【泉質:単純温泉】

浜田自動車道旭インターから車で2分の安心アクセスな温泉郷「旭温泉」では、春は満開の桜並木、夏は清流を乱舞するホタル、秋はおいしい梨狩り、冬は近くのスキー場でウインタースポーツと、四季折々の楽しみ方ができます。9~11月の毎週土曜夜には「夜神楽会場」で石見神楽が堪能でき、季節ごとのイベントも多彩。元湯が楽しめる日帰り温泉施設と宿泊施設があります。
【泉質:単純温泉】

幼い頃から美術にふれあうことで創造力を養い、感性を養うことをモットーに、「みること」「つくること」の両方が楽しめる美術館です。子供から大人まで楽しめる企画展や、展示に合わせた創作活動を行っています。
現在活躍中のアーティストの作品や体験型の現代美術展など幅広いジャンルの企画を開催するとともに、世界のこどもたちが描いた絵を展示しています。
当日の申し込みで気軽に参加できる、ホリデー創作活動(土・日・祝日の午後開催)も大人気です。
「こども」の自由な発想に囲まれ、子供はもちろん、大人も楽しめるスポットです。

国の天然記念物にも指定されている景勝地です。国府海水浴場から洞窟を抜けると、目の前に「千畳敷」とよばれる東京ドームほどの広大で平らな岩場が広がります。またあちらこちらに丸い腰かけのような岩が飛び出ており、海を背景にまるでファンタジーの世界を思わせるような不思議な光景です。千畳敷の表面には、まるで畳を敷いたように見える規則的な亀裂が縦横に走っていて、それが畳ヶ浦の名の由来になっています。
ここは、浅い海の中でたい積した約1,600万年前の地層が、明治5年の浜田地震などにより隆起してできた隆起海床です。岩の中に、鯨骨や貝などの化石が多く含まれているのを、気軽に観察することができます。そして腰掛け状の丸い岩は、ノジュールという化石などを核としてできあがった珍しい岩です。たくさんの興味深い地質を観察することができる「天然の地学博物館」です。

アイススケートリンク(約47×30m)、カーリング面(4面)、会議室、スポーツ広場(ナイター設備有・人口芝)(サッカー、フットサル、グランドゴルフ、ゲートボール可)、シャワー室男女各3

 

スケートリンク:2022-2023シーズンは11月19(土)よりオープン

北前船を摸った模型の中に直径2mの大鍋を設置し、のどぐろで出汁を取り、浜田でとれた野菜や魚介、肉を入れた5,000人前の味噌鍋を配食しています。その他にも、市民による様々な出店や「シーサイド石見神楽フェスティバル」の同時開催しています。

祭神は三隅兼連(かねつら)。三隅氏は藤原(御神本:みかもと)国兼を祖とし、建久4年(1193)四代目兼高が石見権介(ごんのすけ)となって益田七尾城に入り、益田氏を名乗った。その次男兼信が三隅に来て四代兼連は高城山(たかじょうさん)に拠(よ)り三隅氏を名乗った。南北朝の争乱の時、新田義貞、名和長年らに呼応して足利氏と戦い、山城国で戦死した。このため明治以降、忠臣として脚光をあび、昭和3年(1928)神社創建の議が出願され、昭和12年(1937)造営された。境内に胸像がある寺戸光次(てらどみつじ)は同神社創建のため東奔西走した当時の三隅町長。境内のツツジは約5万本、石見で随一といわれる。例祭時(5月3~5日頃にほぼ満開になり例祭に花をそえる。

毎年4月下旬から5月上旬にかけて、つつじの最盛期に行われ、石見神楽、屋台村などで賑わいます。

浜田市殿町の市街地中央部に位置する標高67mの丘陵上にあり、別名亀山城といいます。元和5年(1619)に初代浜田藩主となった古田重治によって築城されてから、慶応2年(1866)長州軍によって落城するまでの247年間、浜田藩(5万5,000石)の本拠地でした。

浜田城の北側は断崖で日本海にのぞみ、南から西にかけては浜田川の流れが堀の役割を果たしていました。東を石垣で仕切った城内には三層の天守があり、本丸、二ノ丸、三ノ丸で構成され、大手門が内掘に架かった橋でつながっていました。元和6年(1620)2月に着工し、元和9年(1623)までには城及び城下が整いました。城下は、紺屋町・新町・蛭子町・片庭町・門ケ辻町・桧物屋町・辻町・原町から成り、「浜田八町」と呼ばれました。

築城主の古田氏は2代重恒に嗣子がなかったため改易されました。替って慶安2年(1649)播磨国宍粟から譜代大名松平周防守康映が入りました。そのあと宝歴9年(1759)に本多中務大輔忠敞が入りましたが、10年後の明和6年(1769)に再び松平周防守と交替しました。天保7年(1836)に竹島事件で松平周防守家が棚倉に移ると、上州舘林から松平右近将監斉厚が入りました。慶応2年の第二次幕長戦争で大村益次郎率いる長州軍と戦い、敗れたため、再興を期して自焼退城し、岡山県の津山にあった飛地に移りました。一方浜田は長州あずかり地となりました。

明治5年(1872)には浜田地震によって天守が倒壊し、現在石垣を残すのみです。

なお、二ノ丸跡には日清戦争に従軍し、のどに敵弾をうけながら、突撃ラッパを吹き続けたという歩兵第21連隊出身の木口小平の像や金城町出身で劇作家の島村抱月の文学碑、司馬遼太郎氏による碑文がある浜田藩追懐の碑などがあります。桜の名所としても有名で、市民の憩いの場となっています。昭和37年(1962)に県の史跡に指定されました。

浜田市長浜地区には、江戸時代中ごろから始まった陶器職人によって作られる人形がある。豊臣秀吉が朝鮮に出兵した際、浜田から従軍した永見氏隆が、朝鮮の陶工を2名連れ帰って、陶器を作らせたといわれている。永見氏は陶工の技術を伝承して陶器をつくっていたが、江戸時代の中ごろ、6代永見成助が陶器のほかに人形作りを始め、さらに7代治三郎が津和野城下で彫刻の技を磨いて、人形作りに新境地を開いた。そして治三郎の子房造は、九州の博多や有田へ修業に出かけ、伝統の技法に博多人形の絵つけをとり入れて優雅な人形を完成させた。これが長浜人形と呼ばれた。

 長浜人形にも天神さん、大黒さん、恵比須さん、干支(えと)もの、石見神楽面、子供用のお面など種類は多い。幕末には浜田藩の専売特許を得て、東北方面にまで売り出された。近年制作者が少なくなったが、素朴で郷土色にあふれた人形である。昭和57年(1982)3月島根県ふるさと伝統工芸品に選ばれた。

温泉・レストラン・宿泊施設を備えた食と健康リフレッシュパークです。

<体験工房>
<宿泊室>和室4人部屋:6室 洋室2人部屋:1室 和室6人部屋6室
<地域食材供給室ふきのとう>レストラン(豊かな山の幸と、海の幸をバランスよく組み合わせた、地元の食材中心のメニューが特徴です。)
<湯屋温泉きんたの湯>低張性弱アルカリ性冷鉱泉はミネラルウォーターの原水にもなっています。
<売店>特産品販売コーナー
<中庭>野外ステージ、カフェテラス
<その他>休憩コーナー(無料)、リラックスコーナー、図書コーナー、露天風呂

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