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玉作湯神社

玉造はその名のとおり古代から勾玉や各種玉類の一大生産地であるとともに、千三百年を遡る「神の湯」「美肌の湯」といわれる温泉の地として知られます。
この地の守り神が温泉街の奥に御鎮座になる玉作湯神社です。
御祭神は八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)等 宝玉御制作の神で出雲玉作部(たまつくりべ)の祖神である櫛明玉命(くしあかるだまのみこと)と、当地温泉御発見・温泉療法等温泉守護の神として大名持命(おおなもちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)が祀られています。また、同社内に併せ御鎮座の韓国伊太弖社(からくにいたてのやしろ)には、植林・山林育成・産業繁栄の守護神 五十猛命(いたけるのみこと)が祀られています。
境内の「真玉」(まだま=「願い石」)は、触れて祈ると願いが叶うとされ、パワースポットとして多くの参拝があります。また、神社前の清流(玉湯川)に架かる赤い欄干の宮橋も記念撮影ポイントとして人気があります。

同社裏手の小さな森の中に鏡の池があり、和紙に硬貨を乗せて池に浮かべ、それが沈むまでの距離と時間で様々な縁を占う「縁占い」が若い女性に大人気で、恋愛成就の最強パワースポットともいわれます。お守りも様々な種類があり、色も好みに合わせて選べるのが好評です。
また八重垣神社の収蔵庫に納められている壁画は、神社界としては日本最古のものとされ、全3面の内、稲田姫を描いたとされる壁画が最も保存がよく、匂うような肌と髪、鮮やかな紅の唇など、とても数百年を経たとは思えないほどです。
ヤマタノオロチ退治の後、素盞嗚尊(すさのおのみこと)と稲田姫(いなたひめ)はこの地で結ばれたとの伝承があり、出雲の縁結びの大親神として、夫婦円満や良縁結びにご利益があると言われています。

出雲大社は、日本一の縁結びの神様として全国的に有名な大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)が祀られています。縁結びは、男女間に限らず人々を取り巻くあらゆる繋がりのご縁を結ぶものとされ、初詣や祭礼の時期には、縁結びや開運のお守り、ご朱印を求める人の行列ができます。
御本殿は歴史を感じさせる壮大さと神々しさをたたえ、春には境内のあらゆる場所で桜が咲き、背景の八雲山も新緑に紅葉と四季折々の色合いで、訪れる人々を清々しい気持ちにしてくれます。
神楽殿の大注連縄は日本最大級で、全長13.6m、重量5.2tもあり圧倒されます。また、ここでは御祈祷や結婚式などが執り行われます。
御本殿は大社造りの代表で、高さが太古には32丈(96.96m)、中古は16丈、近古は8丈という言い伝えがありましたが、2000年に巨大な本殿柱が発掘され伝承の真実味が増しました。内部は心御柱(しんのみはしら)を中心に田の字型に仕切られ、御神座は御本殿と同じ南向きではなく、西向きに御鎮座されています。
旧暦10月11日から17日まで、全国の八百万の神々が出雲大社に参集され、人々のご縁を結ぶ会議をされるとの伝承があり、全国からの参拝客でにぎわいます。

 

出雲大社の参拝については下記リンクをご覧ください。

出雲大社 コロナ禍における参拝について

社殿背後の大杉とともに日本一のパワースポットとしてメディアで紹介されて、注目を集めるようになりました。
大杉の推定樹齢はおよそ1300年といわれ、囲いがあるため幹に直接触れることはできませんが、張り出した大きな根に触れても大きなパワーを授かりそうです。良縁、家庭円満、子宝、子孫繁栄などを願う多くの人々が訪れます。
ヤマタノオロチ退治で有名な須佐之男命(すさのおのみこと)を主祭神とし、稲田比売命(いなたひめのみこと)と、その父母神である足摩槌命(あしなづちのみこと)、手摩槌命(てなづちのみこと)を合祀しています。手摩槌命は宮司である須佐家の祖神と伝わります。
8月15日の夏祭りに行われる切明(きりあけ)神事は念佛踊りとも呼ばれ、多くの人出でにぎわいます。

出雲大社の西方にある海岸で、国譲り神話や国引き神話ゆかりのパワースポットです。
弁天島という小さな島があり、岩上には豊玉毘古命を祀る小さな祠があります。白い砂浜は南へ向かって美しい弧を描いて長く伸び、日本の渚百選にも選ばれています。また弁天島をシルエットに夕日が沈む風景は素晴らしく、「日が沈む聖地出雲」のシンボルとして日本遺産にも登録されています。遠浅で夏は海水浴場として賑わいます。『記紀』の国譲り神話では、大国主神が高天原から派遣された武甕槌神(たけみかづちのかみ)と国譲りの交渉をしたという場所です。
『出雲国風土記』では、国引き神話の綱に見立てています。またこの浜は、旧暦10月10日に全国の八百万の神々をお迎えする、神迎神事の浜でもあります。

【大社漁港海岸の整備】

令和4年4月現在、立入禁止区域が変更となり、弁天島まで立ち入ることができるようになりました。

稲佐の浜の立入制限について

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稲佐の浜から出雲大社へ。神々が通る由緒ある「神迎の道」をたどる

揖屋神社は『出雲国風土記』に伊布夜(いふや)社として記載されている古社で、中央でも重視された神社です。
主神祭は日本の国生み神話で有名な伊弉冉命(いざなみのみこと)です。

本殿は大社造り、神座は出雲大社と反対で、左から右に向かっているのが特徴です。

阿太加夜神社と松江城山稲荷神社との間で、10年毎に行われる伝統行事「ホーランエンヤ」は、日本三大船神事のひとつに数えられ、豪華絢爛にして勇壮な水上絵巻がくり広げられます。370年以上続いているこの伝統神事は稲荷神社のご神体を阿太加夜神社にお運びし、阿太加夜神社の宮司が7日間毎日、“出雲國大祈願祭”を斎行することで、出雲の国の五穀豊穣、商売繁盛、地域の安全を折願する神事です。
この神社のある地域は「出雲郷」と書いて「あだかえ」と読みますが、この名は主祭神である「阿陀加夜奴志多岐喜比賣(あだかやぬしたききひめ)命」の名前に由来するといいます。大国主神の御子で、歴史で証明されているようにホーランエンヤの松岡兵庫頭にご神徳を与えられた奇跡の力をさずけていただける尊い神様で、ご利益は折願成就、五穀豊穣、厄除開運、商売・事業繁栄、家内安全、安産などです。
神社に隣接して『出雲国風土記』の国引き神話ゆかりの場所や万葉集ゆかりの場所もあります。

佐太神社の本殿に向かって建つ西社は縁結びと安産、背を向けている東社は縁切り・長寿のご利益があるとされます。
9月24日夜の御座替(ござがえ)神事で舞われる佐陀神能はユネスコ無形文化遺産にも指定されています。また、11月20日から25日までの八百万の神々が集う神在祭が有名です。
古くは出雲国三大社の内の一つとして「佐陀大社」とも呼ばれた由緒ある古社。
大社造りの本殿が3つ並ぶ、三殿並立という全国的にも珍しい形式の社殿です。
主祭神は佐太大神(さだのおおかみ)で、『出雲国風土記』には出雲国内四大神の一つと書かれています。別名猿田彦大神とも呼ばれ、開運・招福の神として親しまれています。
境外摂社の田中神社は、「縁結び」と「縁切り」の社が背中合わせになった、全国的にも大変珍しい神社です。

古事記の神話に、黄泉の国(死者の国)と現世の境目として登場するのが、黄泉比良坂です。
松江市東出雲町の国道9号線から、緩やかな坂を約300mほど上がった場所にその伝承地があります。
静かな木立の中に、黄泉の国への入り口をふさいだ岩を思わせるような大きな岩が並び、神秘的な雰囲気を醸し出しています。
神話では、イザナギ命が先立った最愛の妻イザナミ命を慕い、黄泉比良坂を通って黄泉の国を訪ねて行きます。ところが変わり果てたイザナミ命の姿に驚いたイザナギ命は、黄泉の軍勢を振り切り、命からがら現世に戻ってきます。その時イザナギ命が黄泉の国への入り口をふさいだのが、千引の岩(ちびきのいわ)であるとされています。

八雲立つ風土記の丘一帯は、奈良時代に編さんされた「出雲国風土記」のくにびき神話ゆかりの地、意宇郡の中心にある地域です。周辺には古墳時代の遺跡をはじめ方墳や前方後方墳などの多くの古墳が分布し、奈良時代の政治、経済、文化の中心地として国庁、国分寺、出雲国造家ゆかりの神社や寺もあり、文化財の一大宝庫です。
八雲立つ風土記の丘は、それらの遺跡を整備し、総合的に保存活用する目的でつくられました。国の指導による風土記の丘構想の一環に基づき、全国で六番目に出来た施設であり、島根県の古代文化紹介と保護を行なっています。
その中心となる展示学習館には、風土記の丘地内出土の遺物をはじめ、出雲国風土記の写本や奈良時代の地内の様子を再現した模型など、県内の古代史を語る多くの資料が展示してあり、園内には、「額田部臣」の銘文入り大刀が出土した岡田山1号墳や風土記植物園もあります。
平成19年7月21日、ユニバーサルデザインに対応し、また展示内容も一新してリニューアルオープンしました。

夕日にちなんだお社である「日沉宮」が祀られている日御碕神社です。「日の本の昼を守る」伊勢神宮に対して、日御碕神社は「日の本の夜を守る」とされ、古来より出雲は日が沈む聖地として認識されてきました。島根半島西端の日御碕に鎮座する古社で、厄除けや縁結びをご利益としています。普通のお守りに加えて「御神砂守」という砂のお守りがあり、厄払いにご利益があると人気です。
朱い楼門をくぐると、正面に天照大神(あまてらすおおかみ)を祀る日沉宮[ひしずみのみや(下の宮)]があり、さらに右手の小高い場所に素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る神の宮[かんのみや(上の宮)]が建つ珍しい形式です。
現在の建物は、日光東照宮完成直後に徳川家光の命によって築かれ、桃山時代の面影をのこす貴重な神社建築です。両本殿とも朱塗りの社殿が美しく、日光東照宮を思わせるような見事な彫刻が施され、また内壁や天井には、狩野派、土佐派の絵師たちが腕を競いあった壮麗な壁画があります。

小浜海岸の海は碧く美しく、日本絵画の巨匠・東山魁夷が皇居の障壁画「朝明けの潮」のモデルとした場所で、宮ヶ島に鎮座している衣毘須神社へは白浜で繋がっています。
潮の満ち引きにより姿を変え、大潮の時や時化の時は参道が消えて渡れなくなり、山陰のモンサンミッシェルと呼ばれています。
「トラベル.jp<たびねす>」ナビゲーターが選ぶ“夏休み、お出かけする前に!「絶景過ぎる」国内観光スポット30選”の一つにも選ばれました。 
無人の神社です。

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