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古代出雲歴史博物館 島根県埋蔵文化財調査センター開設30周年記念「私たちが掘りました!―しまねの発掘調査30年―」

島根県の遺跡を調査し、出土遺物の保存や調査成果の公開・活用を目的として、1992(平成4)年に設置された島根県埋蔵文化財調査センターが行ってきた数多くの発掘調査より、しまねの歴史を語る上で画期となった遺跡や、調査員が選んだとっておきの出土品を当時のエピソードも交えて紹介し、30年の発掘調査の歴史を振り返ります。

古墳時代の遺跡の時期を考えるうえで重要な資料の一つである須恵器。古墳がつくられなくなってからも須恵器は古代の役所や寺院でつかわれたほか、その製作技術は中世の陶器へと受け継がれました。
今回の企画展では、出雲の横穴墓から出土した須恵器を中心に展示し、その個性豊かなうつりかわりや多様性、地域間の交流をご紹介します。

令和3年度から令和8年度までの6年間をかけて「出雲の歴史と地域文化」をテーマに、原始・古代から近・現代までの出雲の歴史・文化についての公開講座を開講します。
1年間に5講座10講演ずつを予定しています。多くの皆様のご参加をお待ちしています。

 

【第4回 中世社会に向けての出雲の胎動】

(A)荘園と公領
講師:井上 寛司(島根大学名誉教授)

 

(B)武士の登場と出雲国
講師:田村 亨(島根県古代文化センター研究員)

 

受講をご希望の方は、いづも財団事務局までお申し込みください。

旧暦10月、「神在月」の出雲では、全国から参集された八百万の神々が、男女の縁をはじめ様々なことを話し合われると言い伝えられています。
今回は、昔の人びとが思い描いた神議(かみはか)りの様子とともに、男女の縁結び以外のご縁についても紹介します。

 

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※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、ご来場にあたっては、マスクの着用、手指消毒、間隔をあけた観覧など感染防止対策を講じています。皆様のご理解とご協力をお願いいたします。
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新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、新しいライフスタイルが求められて、間もなく3年となります。
その中で、「ステイホーム」「おうち時間」といった言葉を耳にするようになり、私たちの余暇の過ごし方は変化していきました。

 

今回の展示では、むかしの人たちが余暇に楽しんでいた「ボードゲーム」に注目します。
ゲームに熱中する人びとの姿は、今もむかしも変わりません。とりわけ、江戸時代以前には、盤双六・樗蒲(かりうち)・囲碁・将棋といったボードゲームが親しまれました。
むかしの人たちが、こうしたボードゲームをどう遊び、どのような思いで興じていたのかということを紹介するとともに、実際に遊んでみて体感して頂ければと思います。

現在の雲南市の一部を指す斐伊川中流域は斐伊川本流と支流が合流し、平坦部が広がる地形が特徴的です。現在も出雲平野や松江、更には広島県へと繋がる交通の要衝です。
今回は荒神谷遺跡とも関わりの深い加茂岩倉遺跡を含めた、斐伊川中流域の原始時代の遺跡を取り上げ、青銅器埋納の背景を探ります。

須佐神社にて、その年の五穀豊穣を神前に報告し、お祝いをする須佐神社新嘗祭が行なわれます。
それに合わせ、大鍋で炊かれた大根鍋(約1800食)が参拝者に無料で振舞われます。
10:30~14:00には地元社中による神楽奉納上演。

古代の出雲と吉備は、畿内と北部九州の中間にあって東西交通や対外交渉の窓口として重要な地域だったと考えられています。
両地域に独自の文化や政治勢力が生まれた背景には、弥生時代後半に見られる相互の交流だけでなく、6世紀後半以降の地政学的な理由があったといえます。
出雲と吉備は、弥生時代に他地域に先駆けて青銅器祭祀から弥生墳丘墓を舞台とする儀礼へ転換する地域として知られています。
この儀礼で用いられる「特殊土器」の分布は、土器を考案した吉備周辺や出雲・大和とその周辺に限られることから、これらの地域は互いに交流を持ちながら独自の文化を発展させ、地域形成を進めていったと考えられます。
一方、古墳時代後期以降は、朝鮮半島をめぐる東アジア情勢が緊迫化するなか、国家形成をおし進める倭王権にとって両地域はとりわけ重要な地域であったことが、記紀神話や伝承からも読み取ることができます。
本展では、特徴ある二つの時代の出土品を中心に、出雲・吉備地域の形成や統合の過程、地域間交流や王権との関係性を紹介します。

 

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皆様のご理解とご協力をお願いいたします。
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島根県西部・石見地方に伝わる仏像と神像を特集展示します。
島根県の仏像・神像といえば、出雲地方の優れた作例がよく知られていますが、石見地方の個性的な像も見逃せません。
平安時代の力強い天部像、江戸時代の遊行僧による注目作、神仏習合の痕跡を伝える謎めいた像の数々。
当館では紹介する機会の少なかった、石見の仏像・神像の魅力をお伝えします。

 

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松江市南部にある田和山(たわやま)遺跡は、弥生時代のまつりの場と考えられる山頂のわずかな空間を、三重の堀で囲んだ巨大な遺跡です。
その付近から集落を堀で囲んだ神後田(じごで)遺跡が発見されました。
古墳時代になると意宇(おう)の地と呼ぶ松江市南郊には県内最大の山代二子塚(やましろふたごづか)古墳など多数の古墳が集中して築かれ、やがて出雲国の中心地として国府や国分寺が整備されていったのです。

 

本展では、松江市南郊から出土した遺物を中心に紹介し、弥生時代前期末から中期初頭に田和山遺跡と神後田遺跡が出現して以降、意宇の地が古代出雲の中心地となっていく様子をたどります。

戦国武将・尼子勝久(あまごかつひさ)(1553年~1578年)は、毛利氏との戦争で滅亡した尼子氏を再興するために立ち上がった人物として知られています。
若い頃の勝久は京都の東福寺の僧侶でしたが、還俗(げんぞく)して山陰地方などで奮戦しました。
今回の企画では勝久とゆかりのある館蔵品を展示し、その生涯にスポットを当てることで彼の足跡をたどります。
また、普段は資料保護のため展示していない尼子晴久(はるひさ)肖像や尼子一族図などの貴重な歴史資料を特別公開します。

 

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【文豪芥川龍之介の旅路 ~火山地層の美しい立神岩を訪ねて~】

 

文豪芥川龍之介は、大正4(1915)年8月に学友、井川恭(恒藤恭)の郷里である松江を訪ね、出雲大社などを周遊したと言われている。
この時、芥川龍之介は井川恭とともに大社へ行った後、今市(現出雲市駅)から波根へ向かい、夕暮れ近くに着いて「水月亭」に宿泊している。

 

このイベントでは、芥川龍之介が見た日本海の風景を、ガイドと一緒に波根の町歩きをすることで当時の情景を体感します。
芥川龍之介が見たとされる縞模様が美しい「立神岩」は、約1,500万年前の火山活動により形成されたもので、日本遺産「石見の火山が伝える悠久の歴史」の構成文化財でもあり、見どころのひとつです。
また食事は芥川龍之介が宿泊したと言われる「水月亭」(現金子旅館)で、プリプリとした食感が自慢の「大田の大あなご」を使ったあなご丼や肝吸い、「一日漁」で獲れた新鮮な魚を魚のすき焼き「へか焼き」をいただきます。

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