EDITOR'S PICKS 編集部のおすすめ
益田市に「柴犬の聖地」があるのに対し、ここ山口県萩市には「猫の聖地」こと「猫寺」があるのをご存知でしょうか。臨済宗 雲林寺・通称「猫寺」は、市街地から離れた山の中にあるにも関わらず、日本中、世界中から猫好きが訪れる場所。なぜ猫寺?猫がたくさんいるの?そんな疑問を胸に、自他共に認める猫好きライターが参拝してきました。

萩・石見空港から車で約1時間。山の中にあるのどかな集落に「雲林寺」通称「猫寺」はあります。猫好き歴=ほぼ年齢、猫と種族を越えたつながりすら感じている猫好きライターが、猫寺の魅力を紹介!…のつもりが、ただ「かわいい」「癒やされる」だけではなく、猫という存在について深く想いを馳せる特別な1日になりました。

撮りきれないほどの猫、猫、猫
駐車場を出ると、すでにたくさんの木彫の猫地蔵達が並び、素朴な愛らしさに興奮気味に写真撮影がスタートしてしまいました。しかしそこはまだ序の口、門をくぐると前後上下左右どこを見ても猫、猫、猫。中には本物さながら梁の上で休む猫の姿もあります。片っ端から写真におさめたい気持ちを抑え、まずは本堂にご挨拶をと向かうと、無数の木彫の猫に囲まれるように、穏やかな表情の猫の御本尊がいらっしゃいました。もう夢中で写真を撮ってしまいます。
「ようこそ、こんな山奥の寺へ」と、朗らかに迎えてくださったのは、雲林寺の角田慈成ご住職。とても穏やかで温かな人柄、そして何より「猫愛」が滲み出ておられました。雲林寺の開創年月日は記録が無く定かではないけれど、初代の和尚が亡くなってから少なくとも400年は経っているそう。そして意外にも猫寺になったのは、およそ10年くらい前から。「歴史的な伝説」と「自然の流れ」がゆっくりと重なるようにして「猫寺」は生まれました。
猫寺になった理由1「猫の伝説」
萩市にある雲林寺の本山である「天樹院」には、猫にまつわる悲しい伝説があります。
〜嘉永2年、毛利輝元公の忠義の家臣・長井元房には、とても可愛がっていた猫がいました。輝元公が逝去し、元房も自刃した後、猫は元房の墓前から離れようとせず、ついには舌を噛んで主人の後を追ったといいます。そして猫が亡くなったあとから、夜な夜な主を探す悲しげな猫の声が聞こえるようになりました。哀れに思った天樹院の和尚が供養し、声はぴたりと止みました。〜
この伝説以降、その界隈は「猫の丁」と呼ばれているそうです。天樹院は明治維新の頃に廃寺となりましたが、雲林寺はそんな天樹院の末寺。猫寺のルーツは「主人に尽くした猫の悲しい伝説」に端を発していました。
「猫は3日で顔を忘れる」
そんなイメージとはかけ離れた猫の物語。ご住職がつくった「招福堂縁起絵巻」というパンフレットにマンガ仕立てで紹介されていて、何度読んでも うるっときてしまいます。
猫寺になった理由2「自然と集まる猫」
「猫寺」誕生のもう一つのきっかけはある招き猫でした。「このお寺にきて約29年になりますが、猫寺と呼ばれる以前は地元の檀家さんが時々お参りにくる普通のお寺でした」とご住職。10年くらい前に亡くなった方の形見分けで招き猫をいただいて以来、一匹、また一匹と招き猫や猫のグッズが増えていったそうです。「自分でも買いますが、奉納にいらっしゃっる方も多く、半分以上は奉納品の猫です」とのこと。やがて天樹院の猫伝説も知ることとなり「ならば猫好きのみなさまに喜んでいただける寺にしよう」と猫寺へ。とはいえ突然猫寺になって地元の方々を驚かせぬよう、約10年かけて少しずつ猫の人形や置物を迎えていったそうです。無数の木彫の猫達は、チェーンソーで木彫をする名人が作品をおさめられるそうで「気づけば時々増えている」と住職は微笑みながら言いました。

「不気味」から「かわいい」へ。
人と猫の歴史。
「現代の人は “猫=かわいい” という感覚の方が多いですが、80歳以上の方の猫のイメージはどちらかと言えばアレです」
そう言ってご住職は、奥に飾られた大きな化け猫の絵を指さしました。天樹院の猫の伝説も「なんて忠義な猫だ」と現代人は感じるけれど、80歳以上の方は「猫は執念深い」と捉えられる節もあるそう。「人によって色んな捉え方がありつつ、残った伝説だと想像しています」とご住職は言いました。
確かに、祖母も母も「猫は目が怖くて苦手」と言っていたのを思い出します。
「猫を知りたい」ご住職の猫愛。
「私もまた、執念深い性格で」とご住職。猫について色々調べるうちに、大阪で教職を務めながら猫の習俗を独自で研究し、数十冊の書籍を発行した故・永野忠一先生に辿り着いたそうです。そして永野先生の書籍の管理を手伝っていた方(なんとその方のお名前「猫谷」さん!)からの情報を元に、高校に寄贈された蔵書を、2日間かけて整理・リスト化・PDF化。ご住職のその行動力(猫愛?)に脱帽です。
永野先生の資料の中で特に興味深かったのは、教職期間の中で長らく生徒に行っていた「猫の意識調査」。調査結果から「怖い、不気味」とされていた猫のイメージが、時代とともに「猫は愛すべきもの」へと変化していることが記されていたそうです。
気づけば猫沼にはまっている。
「猫って“かわいい”だけで好きなわけじゃない気がします。自分でもなぜこんなに夢中か分からない」まるで恋人の惚気話のような相談をご住職に持ちかけました。
ロシアの遺伝学者が研究した結果「猫は家畜にならない遺伝子」だったといいます。猫は人に「飼われている」のではなく、猫たちが「人を飼っている」と考えているのかも??「人間の思惑をこえたアウトオブコントロールなところが猫の魅力」というご住職の言葉を持って、愉快で深い猫談義は幕を下ろしました。
帰り際、「永野先生の文章や資料は公のものですから」と、あんなに苦労して手に入れた資料を渡してくださったご住職。歓喜と恐縮が同時に押し寄せつつも、この貴重な「猫愛バトン」を、必ず何かしらの形にしようと決心し、心身ともに「猫まみれ」な1日を終えました。
吹き抜ける心地よい風と木漏れ陽の中、お寺の木彫り猫たちも気持ちよさそうで、なんとも言えない多幸感に包まれる猫寺は、猫にとっての聖地・救いの場所なんだと感じました。猫好きはもちろん、猫とお別れをした方、ただお寺の空気に癒やされたい方も行ってみる価値あり。オリジナルのおもしろ猫グッズを買い、名物の「猫絵馬」をしっかり供え、家で待つ2匹の愛猫に早く会いたい気持ちで家路につきました。
INFORMATION
臨済宗 雲林寺
住所:萩市大字吉部上2489
電話番号:08388-6-0307

Photo / Taku Fukumori
Text / Nozomi Inoue