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“あたためて美味い酒”のプロが通うローカルの名店
石見は日本酒がいい、とりわけ「燗酒」の文化が今面白い、というのは、別の記事で紹介したとおり。ならば次は、まだ見ぬ一軒を開拓したい。石見燗酒シーンをさらに冒険したい。
ということで、相談したのは、桑原酒場の杜氏・寺井さん。萩・石見空港のある益田市で、“あたためて美味しい酒”を追求する、気鋭の作り手。「扶桑鶴」「高津川」など寺井さんの醸す酒は、全国の燗酒党を中心に、熱烈なファンを持ちます。

「燗にこだわるお店って、前回取材したところ以外にもあるんでしょうか?」と訪ねたところ、やっぱりあるんですねまだ見ぬ名店たちが。教えてくれた全店に行きたいところですが、今回はその中から編集部が特に気になったお店2軒を訪ねます。
なぜ旅先で「燗酒」を飲むのか?
本題の前に「燗酒とは」みたいな話をさせてください。「酒を温めるだけなら、どこで飲んでも同じでは?」と思っている人がいてはいけませんから。
まず「お燗」や「燗酒」とは、日本酒を温めて頂くこと。温めると何が起こるのかというと、ざっくり言うと、風味や旨みが開きお酒が美味しく感じやすくなる、ということですね。
プロが言うには「あたたかいお米が美味しいのと同じ」で、米から作る日本酒も、温めてこそ真価がわかる酒がたくさんあるんですね。
では、ただ温めればいいのか? というと、そう単純じゃないのが面白いところ。温度や道具のわずかな違いで、酒の表情は驚くほど変わるんです。
そのため、プロは酒の温度を1℃単位でこだわる人は少なくありませんし、じわじわと温度を上げるか、一気に温めるかでも結果は変わるといいます。

さらには、酒ごとに適切な温め方が違うのも面白いところ。同じ酒でも、熟成年数や保存方法により塩梅はまちまちですから、厳密にはボトル一本ごとの個性に応じたアプローチが存在する。
あわせる食事、酒の個性、お客の好み、その日の気候……そうした複雑な条件をふまえ、真剣勝負で酒を温め、これぞ 、という状態でサーブする。ちなみに、そういうお燗のプロを、敬意を込め「お燗番(おかんばん)」と呼ぶそうです。

お酒と食への深い愛によって、お燗の真価が引き出される。旅先の名店で燗酒を飲みながら食事をいただくことが、いかに幸福な愉しみか、感じていただけたでしょうか。
今回紹介する店舗様
益田市「焼酎と日本酒 からから」

燗酒の風土が根付いた土地なのか、益田市内には前回紹介した「ノンペ」「かすり」をはじめ、お燗への技術と知識と情熱のみなぎる、素晴らしいお店たちがあります。
そんな燗酒のメッカたる益田で、独自のアプローチにより異彩を放つのが、四川料理を出自に持つオーナーが営む「焼酎と日本酒 からから」。
寺井杜氏曰く「昼は麺屋さん、夜は日本酒と焼酎を激推しする居酒屋です。店主の作る中華系のおつまみをアテに燗酒をちびちびやって、ピリ辛チャーハンで〆ると幸せになれます」とのこと。これは期待が高まる。


「うちの料理はどれも、酒をうまく飲むためのものです」と、潔く言い切るのは店主の驛田(えきだ)さん。大学で物理学を学んだのち、四川料理からキャリアをスタート。2020年に現在の場所で「焼酎と日本酒 からから」をオープン。
早速扶桑鶴を燗でいただきたいところですが、せっかくですから、色々飲ませていただきましょう。ということで今日は、おすすめのおつまみと、驛田さんおすすめの燗酒3種のペアリングをお願いすることにします。
「生酛のどぶ」(奈良)と「奈良チー」

「奈良チー」は鉄板の1品目。酒のアテとしてベストな形状を研究してたどり着いたのは、細切りの奈良漬をクリームチーズと混ぜ込み大葉とあわせるスタイル。燗好きならおなじみ奈良の至宝「生酛のどぶ」を52℃に温めて。
「“どぶ”は生酛造りという仕込みで著名な蔵のひと銘柄です」と驛田さん。「山陰にいらっしゃる時に何度か立ち寄っていただきました。お酒を身体に優しく呑むバリエーションを教えていただきながら、料理との合わせ方の感覚をお話しいただきました」ちなみにこちらのお酒、ソーダで割っても美味いしいそうです。
「亀齢」(広島)と「スズキと茎わさびの味噌あえ」

「亀齢(きれい)辛口純米 八拾(はちじゅう)」は、広島県西条にある亀齢酒造が手掛ける辛口の酒。17度と高めの度数ですが、刺々しいアルコール感を一切感じず、すいすい飲みやすいのはきっと温め方の妙ですね。これ、無限に飲めそう。
「45℃でつけましたが、おいしいですよね。特に魚に合う酒だと思います。臭みをサッと流してくれます」
「扶桑鶴」(島根)+「ペペロン枝豆」

さてお待ちかねの「扶桑鶴」。アテは、にんにくと唐辛子の効いた「ペペロン枝豆」を。ちなみに、寺井杜氏が好きな組み合わせだそうです。
「扶桑鶴は尖ったものも丸くするような酒、といいますか、辛い料理やスパイシーなものを受け止めてくれます。度数は亀齢よりさらに高く19度〜20度。つくりがしっかりしているので、最後に少し水を加えて変化を楽しむのもおすすめですよ」

最後に外せないのが、麻辣チャーハンの〆。寺井杜氏のおすすめのコースだそうです。驛田さんが四川料理ルーツだけあり、これは美味い、〆に頼みましたが、これ、つまみにもなるやつですね。

驛田さんは、自身が酒が好きすぎて、全国の蔵に赴いたり、酒のイベントを開いたりと、「からから」は、まさに好きが高じて生まれたようなお店。
「酒の作り手の方達が本当にこだわっていられることを知っていますから。出す側の私も真剣です。一番美味しい状態で飲んでもらいたいんです」と驛田さん。この気持ちがある人の酒が美味しくないわけがない。
昼のランチ営業では、担々麺やサンラータンメンなど中華麺が人気のお店ですが、実は昼飲みも歓迎だそう。ということは、ランチで人気の「汁なし担々麺」をつまみに燗酒をちびちびやる、なんてこともできるってわけで、これは、次の楽しみができました。
INFORMATION
焼酎と日本酒 からから
住所:島根県益田市乙吉町323-7
電話:090-1186-5454
浜田市「日本酒酒場 ともじ」
続いては、益田市のお隣、浜田市へ。この地域で日本酒好き集う店といえば、必ず名前があがるのが立ち飲みの名店「ともじ」。以前も別の記事で取材していますが、2025年に “座って飲める店”にリニューアル。
寺井杜氏のコメントを紹介すると「日本酒愛は一級品です。とびきり明るい大将の話を聞きながら、串揚げをかじり、燗酒を口に含めばもう最高です」


元気に迎えてくれたのは店主のトモジさん。お酒の卸店や小売店などで経験を積み、浜田駅前に日本酒の立ち飲み店をオープン。さらには、日本酒を開発したり、新種酵母の研究を行ったり、日本酒を海底に沈めて熟成してみたり(!)と、はちきれんばかりの日本酒愛。こうなればもう胃袋も舌もすべて預けてしまいたい。

「誉池月」(島根)+ [酒盗クリームチーズ]「糠漬け」

「せっかく東京からいらっしゃったんですから、島根の酒で始めてみませんか?」と、トモジさん。「こちらの池月は超大辛口と書いていますが、飲みやすく一杯目におすすめです。軟水の湧き水で仕込んでいるので、ものすごく柔らかいんですよ。45℃から50℃くらいがいいですね」とトモジさん。
口にふくめば、すっと染みこみ鮮やかに消える切れ味。アテは糠漬けに酒盗クリームチーズと発酵系を。「酒盗クリームチーズが口に残っているうちに、酒を口に含んで、溶かすように味わってみてください。めちゃくちゃ美味いですよ」
「環日本海 やさか仙人」(島根)+「串盛り」

浜田市で唯一の酒蔵・日本海酒造が手掛ける、人気銘柄「環日本海」を。くし揚げの脂の旨みが、さっぱりした酒で中和されて、これは無限ループ系の組み合わせですね。もう一口が、止まらない。
「環日本海は、ひやも冷酒も美味しくて、世代を超えておすすめしたい素晴らしい酒です。今日お出ししたのは山廃仕込みならではの酸味が感じられるもの。60℃でつけました」
「扶桑鶴 純米にごり」(島根)+「赤てん」「すじ煮込み」

「もし人生の最後に飲む1杯を決めろと言われたら、僕は扶桑鶴のにごりを選ぶと思います」とトモジさん。というのも、実は20代の頃は日本酒がニガテだったというトモジさんが、はじめて日本酒のおいしさに開眼したきっかけが、この扶桑鶴のにごりだったのだそうです。
「これを食べ物と合わせて飲んだ時に驚きました。日本酒ってこんなに美味かったのかって。扶桑鶴は、僕の人生を変えてくれた酒なんです」
もう1杯、やっちゃいましょう
今日はこのまま浜田で泊まることもあって、勢いがついてきました。「もし、まだ召し上がれるなら」と、トモジさんおすすめを紹介してもらいます。

INFORMATION
日本酒酒場 ともじ
住所:島根県浜田市浅井町86-23
電話:090-7506-4183
燗が気持ちよく酔える理由
2つのお店をはしごして、気がつけばけっこうな酒量ですが、不思議と悪酔い感はゼロ。ずっとほろ酔い加減が続いている感じです。思えば、どちらのお店も、店主さんがお酒と一緒にあたたかな白湯を添えてくれていたんです。これを “やわらぎ水”と呼びますが、水分をとりながら、体内をあたためゆっくりやる。安心して楽しむ工夫を、実はやってくれていたんですね。こういう心遣いもプロの仕事。
扶桑鶴の杜氏・寺井さんは「ずるずる、ダラダラ、いつまでも飲める酒を目指しています」と言っていました。泥酔して大騒ぎする酒じゃなく、土地の食を味わいゆっくり楽しむ。そんなおだやかな酒の時間に、燗酒はよく似合うのかも。萩・石見に来たら、そんな燗酒の世界をぜひ、訪ねてみてはいかがでしょうか。
Photo Yuri Nanasaki
Text Masaya Yamawaka








