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「旅好きが萩に集まる理由」 旅の達人・塩満直弘さんが語る、居心地のいい萩

萩・石見空港からレンタカーで約1時間。鉄道なら益田駅から、海沿いを行く山陰本線に揺られて1時間ほど。歴史的な城下町として知られる山口県萩市、この小さな町が近年変わりはじめています。個性的なお店が増え、各地の旅好きが集う場所へ。この地に新しい人の流れをつくった立役者であり、山口や東京でゲストハウスやホステルを手がける塩満直弘さんに、萩が旅好きの心を捉える理由を伺います。

塩満直弘(しおみつ・なおひろ)
1984年、山口県・萩市生まれ。山口県内の大学に進学後、カナダ・アメリカへの留学、鎌倉や東京での生活を経て2013年「萩ゲストハウスruco」を開業。2020年には山口県下関市の阿川駅をリユースした小さなまちのキオスク「Agawa」をオープン。2022年に株式会社 Backpackers’ Japan 取締役CCO就任。旅人と地域の人が行き交う場づくりを続ける。

塩満さんが取締役を勤める「バックパッカーズジャパン」が手掛ける、東京・馬喰横山のCITANにて。

塩満さんは萩市に生まれ。カナダ、アメリカ、鎌倉とさまざまな土地での生活を経て、「萩ゲストハウスruco」をオープンしたのが2013年。地元の萩を子ども時代はどんな風に見ていましたか?

町全体がいつも遊び場でしたね。友達と10キロ先の急坂を自転車で下りに行ったり、海で泳いだり。海には、真夏でも肌がふやけるくらい長く入っているので、体温が下がるんです。いつも水筒にお湯を入れて持っていって、カップラーメンを食べていました。……なつかしいなあ。

萩市にある菊ヶ浜から見える日本海の風景。

かなり本気で遊んでたんですね! 萩の豊かな自然環境が伝わってきて、うらやましいです。

整備された遊び場がたくさんあるわけじゃないので、自分たちで遊びをつくっていましたね。当時のアクション俳優を真似て、危険なシーンを演じる「シルベスタ・スタローンごっこ」とか、よくやってましたね(笑)。

危ないから真似しないでください、のやつですね(笑)。その頃から萩の町が好きだったんですか?

あちこちで遊んだ体験も、きっと町を好きな理由につながっていると思うんですが、当時はあまり意識していなかったと思います。だんだんと気がついていった感じでしょうか。当時の高校の先生には「自分で商いを起こすなんて思わなかった」と言われるほど、やる気のない無気力な生徒だったんですよ。

え、意外です。

両親も親戚も公務員や堅い仕事をして、自分が社会人になる頃には団塊の世代が引退するから、大学に行けばそのまま就職してレールに乗っていけるんだろうって考えてたんですよね。そんなだから県内の大学に入ってからも、無気力でしたね。家と大学とバイトをひたすら行き来する日々で。「なんのために生きてるんだろう?」って思ってました。ほんと、暗黒時代でした……。

そんな時代があったんですね。

このままじゃまずいと思って、逃げるようにカナダのバンクーバーへ行きました。ワーキングホリデービザをとって、1年間。結果的にこの体験が僕の大きな転機になるわけなんですが。

フラットなコミュニケーションが
生まれる場所が萩に増えている

思い切って日本を飛び出して、海外へ出たんですね。

印象的だったのが、バンクーバーの家の近くにあって通っていた「ブレンズコーヒー」。生まれた縁でハリウッド映画のエキストラのアルバイトもしたんですけど、ここでの経験が今につながっていると思います。お客さんで、毎年お金を貯めて英語の勉強をしに来ていたブラジル人のマーサが、言ってくれたんです。「あなたがシオね。私が会う人みんな、あなたに会ったらいいって言うの。みんな、あなたのことが好きみたい」って。アウェーな異国の地のなかで、こんなにも自分は肯定してもらえるんだって感動してしまって。心の中で嬉しくて泣きました(笑)。言葉がままならない自分でも、こういう体験ができたことが自信につながっていった。そこから、コミュニケーションの楽しさを学んだのかもしれません。

そんな体験から、萩でなにかしたいと考えるようになったんですか?

そうですね。バンクーバーでも出身の話になって、山口県や萩のことを話すと知らない人が多くて。そのことに対してなんだか腹が立ってきたんです。「なんで萩を知らんのや」って(笑)。それなら、知ってもらうきっかけを自分でつくりたい、と考えるようになりました。

塩満さんが運営する萩市のゲストハウスruco。旅人や地域の人が分け隔てなく集う場となり、萩に新しい賑わいを生み出した。

そうして帰国後、鎌倉での修行期間を経て「萩ゲストハウスruco」がオープンするわけですね。

やっとオープンの話になりました(笑)。バンクーバーで体験した、フラットなコミュニケーションが生まれるような空間を目指して、rucoが生まれました。現在は下関で「Agawa」というスペースを運営したり、「バックパッカーズジャパン」では関東や関西でゲストハウスやカフェバーなどの運営にも関わっていますが、根底にはバンクーバーでの原体験があるのかもしれません。

塩満さんが取締役を務める「バックパッカーズジャパン」が運営する東京・馬喰横山にある「CITAN」。各地の旅人が行き交う開かれた空間。

そんな思いでrucoをオープンして10年ですね。この10年で萩の町はどう変わりましたか?

個性のある個人店が増えたように思います。家業を継ぐわけでもない自分が、たくさんの人の力を借りて「ruco」をつくれたことが、ひとつの事例となったんじゃないかという想いもあります。どんな形であれ、ひとつできてしまえば、「前例がない」を理由に反対されることも少なくなるように思いますし、「何かをはじめたい」という人が、スタートラインに立てる町になってきたのは、萩のひとつの変化だと感じますね。

萩に新しくオープンしたお店で、おすすめの場所はありますか?

たくさんありますよ。たとえば2021年にオープンした「COFFEEBOY 萩店」。醤油店だった場所を改装していて空間もかっこいいし、接客が心地いいんです。いい距離感なんですよね。あとは尾崎三次さんがされている、手打ちそば屋「さるのこしかけ」はおすすめです。かつて萩で観光人力車の車夫をやってらして、冬は造り酒屋の蔵人となって地酒を造ったり、萩の町をいろんな角度で関わっている方です。食材にもこだわっていて、市内で無農薬栽培された蕎麦の実を使って、殻ごと石臼で手挽きしています。尊敬する先輩の一人です。

COFFEEBOY 萩店

コーヒーボーイは山口県周南市発祥で50年以上の歴史を持つ老舗。萩店は、旧家ミヨシノ醤油店跡をリノベーションし2021年にオープン。

県内7店のカフェを展開。店舗ごとにデザインが違うスタンプ、萩店は夏みかんの花のデザイン。全店を巡ってコンプリートする熱烈ファンも。 

萩店限定の人気のブレンド「オイサッ」は元醤油店という空間にちなみ、萩伝統の甘い醤油をインスピレーションに誕生。

「用事や理由がなくても、気軽におしゃべりしに立ち寄ってださい」とスタッフの吉川さん。

さるのこしかけ

ランチのセット。無農薬の蕎麦の実を殻ごと石臼で挽くとこから手作りされたそばは、滋味深く香り高い。希少な在来種のお米「朝日」を使ったにぎりめしも人気。

2021年4月にオープン。野菜や蕎麦や酒だけでなく、看板や内装も手作りというこだわり。

夜はディナーとしてコースや単品で楽しめる。萩の魚を柑橘で〆た逸品は夜のそば前として人気の一皿。

冬季は蔵人として酒造りを行う店主の尾崎さん自ら仕込んだ日本酒は、ここでしか飲めない味。

店主の尾崎三次さん。観光人力車の車夫や造り酒屋の蔵人、出張料理人など多彩な経験を活かし、蕎麦店を営む。

萩には観光人力車があるんですね! 

城下町や武家屋敷を巡るのに利用する観光客の方が多いですね。この記事の読者は旅好きとのことなので、もうすこし踏み込んでみましょうか。人力車でいうと、萩で初めて観光人力車業を開いた会社がはじめた、ギャラリー&ティールーム「俥宿 天十平(くるまやど・てんじゅっぺい)」は、俥宿のモダンな古民家で、20歳くらいから通っています。縁側に座って店主の中原万里さんといろんな話をするのが好きなんです。他にも、萩には会ってほしい人がたくさんいます。

塩満さんのスポット紹介は、人の紹介でもあるんですね。

そうかもしれません(笑)。たとえば、萩焼の窯元「大屋窯(おおやがま)」の代表・濵中月村(げっそん)さんも素晴らしい方。80代の大先輩でありながら、フラットに話を聞いてくれて、多くの学びをくれる、大事な人です。大屋窯にただ行ってこの場に佇むだけでも、気持ちがリフレッシュできるんですよね。
 
それから、萩には日本酒の蔵もあるんですが、「澄川酒造場」の澄川宜史さんもかっこいい方です。日本酒の「東洋美人」を造られている酒蔵で、丁寧に実直に酒造りをされている。人の縁を大切にする方で、若い人も積極的に受け入れています。僕はあまりお酒が飲めないんですが、お酒好きの方にはおすすめします。

大屋窯

1969年に大屋窯を築いた陶芸家の濱中月村さん。独自の感性と知性から生まれる作品は、国内はもとよりニューヨークなど海外のコレクターも多い。

月村さんの作品が佇む、邸宅から見える庭。12月頃には銀杏の落ち葉で金色に染まるそう。

大屋窯は現在、月村さんの息子である陶芸家・濱中史朗さんが代表を努め、茶陶から日々の器までを制作。

見学や大屋窯ブランドの器の購入も可能。

澄川酒造場

麹造りの行程のひとつ「種切り」。蒸米に麹の胞子が静かに沈降していく。麹造りは酒造りのなかで最も大切な作業の一つ。

蒸し上がった米を取り出す行程。伝統製法に立脚しながら最新の醸造設備を備え、常によりいい酒を目指す。

蒸米を抱えて駆け足で麹室へ運ぶ。最新設備の酒造にあえて人力の部分を残すのは代表の澄川宜史さんのこだわり。

澄川酒造場4代目で杜氏の澄川宜史さん。「十四代」で知られる高木酒造で学び、2004年澄川酒造場杜氏に就任。「東洋美人」を世界に知られる日本酒に育てた。

世界最多の出品数を誇る日本酒コンペティション「SAKE COMPETITION」で三年連続1位を獲得するなど人気の「東洋美人」ラインナップの一部。「0杯から1杯へ」を掲げ、日本酒ファンの裾野を広げた立役者といわれる。

芳醇な香りと微炭酸のキレ味が人気の東洋美人の「醇道一途」。「萩ガラス」で作られた、冷酒を美味しくのむための広口盃「雫杯」に注いで。桃やメロンを思わせる果実味が広がる。

季節でいうと特に好きな時期はありますか?

桜の時期はいいですよ。松陰神社の横に流れる月見川の遊歩道の桜は最高です。この時季の桜の道、宇宙一好き! 小学校のマラソンコースで、いつも走っていました。完走するとカンロ飴が2つもらえたんです。

いつでも子どもの頃にタイムスリップできるのは、出身ならではですね(笑)。

5月には夏みかんがなって町中が香りますし、初夏にはホタルが見られるスポットもたくさんあります。海の中で光る夜光虫もきれいですし、萩の町は、季節によっていろいろ楽しめます。そして何より、菊ヶ浜の夕日……!夕暮れ時に菊ヶ浜を西に向かって歩くと、おむすびみたいな指月山に沈む夕焼けが見えて、すごくきれいなんです。

夕暮れ時の菊ヶ浜沿いは散歩にうってつけ。夏には夜8時頃までピンク色に染まる夕景が楽しめる。

月見川沿いの遊歩道。 桜の季節には違う表情を見せる。

江戸時代の情緒を残す萩の町並み。

白砂と海とのコントラストが美しい……!散歩やランニングで萩の町をまわるんだとか?

はい。仕事がない時は散歩ばかりしています(笑)。萩は三角州になっていて、そのなかに城下町や商店町、菊ヶ浜があります。エリアによって全然違った表情になる町並みを楽しみながら歩ける距離ですし、勾配もないので自転車で町をめぐる人も少なくないですよ。散歩しながら、ふらっとコーヒーを飲みに寄るのが「ビレッジ」。東萩駅の近くで40年以上営まれているジャズ喫茶です。ログハウスみたいな店内の雰囲気がすごく好きで。ニューヨークに行っていたマスターを慕って、国内外の世界的ジャズプレイヤーがライブに来るというすごい店でもあるんですけど、心地いい時間が過ごせる場所です。

ビレッジ

25歳でビレッジを始めたというオーナーの増本義隆さん。ジャズのライブ写真などフォトグラファーとしての顔も。

日野皓正、小曽根真、ビル・チャーラップなど国内外の錚々たるミュージシャンがこの空間でライブを行った。

店内に飾られたジャズベーシストの巨匠リチャード・デイヴィスの写真とサイン。
ライブの際に増本さん自らが撮影。

自家焙煎の豆を使い、サイフォンで一杯ずつ丁寧に煎れられるコーヒー。遠方からコーヒー豆を注文するファンも多い。

目的や用事がなくても
心地よく居られる町へ

萩に旅好きが集まるのは、どうしてだと思いますか?

直接の理由はわからないんですけど、僕なりに意識してきたこと、という意味で聞いていただくと、目的がなくても来ていい場所をつくりたかったんです。萩は幕末の舞台になった場所で、歴史の偉人がいた城下町があって……という「目がけて行く観光地」であったと思うんです。でも、それが少しずつ、目的や用事もなくふらっと訪ねて楽しめる場所になってきたんじゃないかと思います。僕自身が散歩しながら町を歩いて、この「無用の用」の楽しさや面白みを体験していますから。

旅人としても、選択肢の幅は広がりますね。

萩の町にいろんな人が歩いていればいいなって思うんです。海外の人や車椅子の人、表現をする人……。歴史的な名所や城下町といった観光で語られる文脈だけじゃなくて、いろいろな人がさまざまな背景をもって、あちこちから訪ねてくる町。そうやって集まった人たちがフラットにつながれる場所が、実際に萩にも増えてきていると感じます。自分のバンクーバーで体験した空気感にもつながっているし、僕の思う旅の醍醐味ってそういうことだと思うんですよね。

バンクーバーでの原体験とつながっているんですね!

そうですね。それに色々な場所が生まれて選択の幅が広がるのは町にとっていいことだと思うんです。賛否両論あっていいし、比較対象が生まれる方がいい。予定調和や既定路線を走り続けるのは、学生時代の僕の暗黒時代みたいなもので、つらいですからね(笑)。もちろんこの考え方が正しい!正義だ!と言うつもりは全くなくて、いろんな価値観のグラデーションが町の中にあることが大事だと思うんです。価値観が増えれば、町はさらに面白くなるはずですし、萩は今さらに面白くなっている。萩は小さい町ですけど、魅力的なスポットや個性のあるお店がたくさんあります。そのなかを歩いてみて、自分の居心地のいい場所や好きなめぐり方を見つけていただけたら。

自分で探しにいける旅、ですね。

ご紹介したスポットはほんの一例です。町を体感する手がかりとして、萩を知ってもらって、それぞれのとっておきの道や好きな人を見つけていってもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。

Photography Masaki Sato(塩満さん取材分)、Yuri Nanasaki(萩取材分)
Text Azusa Yamamoto
Editing  Masaya Yamawaka

この記事で登場した場所

ruco

山口県萩市唐樋町92
TEL 0838-21-7435

コーヒーボーイ 萩店

山口県萩市吉田町72
TEL 0838-21-5650

さるのこしかけ

山口県萩市熊谷町115
TEL 0838-25-5991

大屋窯

山口県萩市椿905
TEL 0838-22-7110

澄川酒造場

山口県萩市中小川611
TEL 08387-4-0001

ビレッジ

山口県萩市土原291-1
TEL 0838-25-6596

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地域に愛される名酒場で萩の味を知る
こづち

萩に知らぬ者のいないほどの居酒屋の名店。地元の人も旅行者も集う活気あふれる店内では、萩の旬の食材を使った郷土料理や居酒屋料理が楽しめる。記事に登場した塩満さんやビレッジのマスターがゲストを連れて訪れることも多いそう。山陰でよく食べられる巻貝「ニナ」は、磯の香りを楽しむローカルな逸品。人気で早々に売り切れることも多いそう。

こづち
山口県萩市東田町18-4
TEL 0838-22-7956


中村船具店むらやカフェ

伝統的な町並みが残る浜崎エリアで、古民家を改装し2021年にオープンしたカフェ。江戸時代に作られた商家の空間に、店内に漁船用ランプや羅針盤など昔ながらの船具を展示。特筆すべきは、萩では珍しく朝8時からモーニングが食べられるということ。店主夫婦の「旅で萩に来た人が朝ごはんに困らないように」という思いに感動。早起きの朝に通いたいお店があれば、旅はもっと楽しくなるはず。

中村船具店むらやカフェ
山口県萩市浜崎町2-205
TEL 0838-22-0399

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