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小谷実由さんとめぐる石見の手仕事
モデル / 文筆家 小谷 実由

島根県西部の石見エリアには、石見焼(いわみやき)に代表される製陶や、地元の木材を生かした木工や組子細工、日本一丈夫と言われる石州和紙など、繊細さと美しさを誇る手仕事が数多くあります。その知恵と技法は、職人たちの手によって現代にまで受け継がれ、工房で体験したり、職人さんとお話ししながらお買い物ができるのも魅力です。そこで今回は、「人の手の温もりを感じるものが好き」という、モデル・文筆家の小谷実由さんと一緒に、石見地域の手仕事をめぐる旅に出かけます。
小谷実由
通称・おみゆ。1991年東京生まれ。14歳からモデルとして活動を始める。自分の好きなものを発信することが誰かの日々の小さなきっかけになることを願いながら、エッセイの執筆、ブランドとのコラボレーションなども取り組む。猫と純喫茶が好き。著書に『隙間時間』(ループ舎)。J-WAVEのオリジナルPodcast番組「おみゆの好き蒐集倶楽部」毎週金曜日配信中。
はじめまして石見! 地域の歴史語る民藝の地へ
モデルや執筆の活動を続ける「おみゆ」こと、小谷実由さん。ナビゲーターを務めるJ-WAVEの
オリジナルPodcast番組「おみゆの好き蒐集倶楽部」では、毎回ゲストの「好き」を深掘りし、その想いを大切に伝えています。小谷さんにとって「旅」は、そんな自分の「好き」とじっくり向き合える時間であり、新しい「好き」を見つけるきっかけでもあるとか。
「まだ行ったことのない場所に訪れる時は、いつもどんな心惹かれるもの・ことに出会えるだろうと楽しみ。特に島根県は素敵な伝統工芸品がたくさんあると聞いていたので、ずっと行ってみたかったんです」
東京・羽田空港から、萩・石見空港までは90分。朝8時半の飛行機に乗れば、お昼前には着いてしまいます。“ちょっとそこまで”の感覚で行けてしまう旅先なのです。

「ちょっと寝たら、もう着いてしまいました。島根県って、遠いイメージがあったのですが、こんなにアクセスがいいんですね。はじめまして、石見!」
石見焼を現代に継ぐ「宮内窯」で、陶芸体験
車を1時間ほど走らせ、まず最初に向かったのは、江津市の「石州宮内窯」です。大の器好きだという小谷さんは、はじめて目にする「石見焼」に興味津々です。

石見焼の歴史は、1763年(江戸時代)に周防岩国藩から製陶法が伝わったことから始まったといわれています。江津市・浜田市を含めた東西に広がる地帯は石州(せきしゅう)と呼ばれ、古くから盛んに作陶が行われ、特に、宮内窯のある地区は石見地方の製陶伝承において最も古い土地なのだとか。
石見焼の代名詞とも言えるのが、「はんど」と呼ばれる大きな水がめ。「水道のなかった時代は、どこの家にも一つはあったんですよ。畑に埋めて、そこから水やりをしたりね」と教えてくれたのは、宮内窯の二代目の宮内孝史さん。「とにかく丈夫なのが特徴です。水を通さないから汚れないし、酸や塩にも強いので、梅干しなど漬物の保存にもよく使われます。電子レンジや食洗機も問題ないですよ」

「白やピンクなど、優しい釉薬の色もきれいですね。値段も手頃だから、気張らず日常使いできるのが嬉しいですね。欲しいものがいっぱいある!」と小谷さん。
石見地域ならではの工芸品「石見焼」の特徴とは?
宮内さんの語るように、石見焼きの大きな魅力はまさに道具としてガンガン使えるタフさ。石見地方でとれる良質な粘土は1300度の高温焼成に耐えるので、ぎゅっと目が詰まった陶器に仕上がるのです。雨雪の多い石見地域の暮らしで、水や酸に強く壊れにくい「生活の道具」として、受け継がれてきた、石見焼。奇をてらわない素朴なたたずまいも、飽きの来ない普遍的な力があります。

今回は、宮内さん指導のもと、実際に石見焼作りを体験することに。小谷さんは、何かと重宝する片口を作りたいと大張り切りです。電動ろくろも体験できますが、「実際に土に触れ、その感触や温度を楽しみながら、自分の手で形を作っていく手捻り体験がおすすめ」だとか
一心不乱にヘラで表面を滑らかに整え続ける小谷さんに、「陶芸は性格が出るんですよね」と笑う宮内さん。
形のできた器は糸を使って土台から外し、器の底に高台を作ります。指で摘んで口の形を調整したら、最後に全体の表面を整えて、完成! 作業の時間はおよそ90分ほど。この後は、乾燥させた器を700~800度で素焼きし、釉薬をかけたら再び窯へ。1300度で焼成し、仕上げます。焼き上がりまでは時期によりますがおおよそ1ヶ月が目安です。
陶芸体験を終えた小谷さんは「仕上がりが楽しみ」と、ウキウキ顔。「実際に石見焼作りを体験したことで、一つ一つが、こうして人の手の力や温度で、形作られているんだなと、改めて実感できました。私はとにかく形にすることで精一杯だったけれど、宮内さんはやっぱり職人。口当たりや使い心地を意識して、『こうするといいよ』とアドバイスをくださって、とても学びになりました。普段何気なく使っているものも、きっとこういう職人さんの目線や経験が生かされて、形になっているんですね」(小谷さん)

小谷さんの作った器の仕上がりは……? SNSでcheck!
(完成した作品は TRIP WEB MAGAZINE 萩・石見公式Instagram で紹介しています)
木工愛溢れる作家のアトリエ「hirven woodworks」で、木彫りの器作り

続いて訪れたのは、浜田市弥栄町の「hirven woodworks(ハーベンウッドワークス)」。ここは木工作家の沖原昌樹さんが営むアトリエ兼ギャラリーです。可愛らしいログハウスに一歩踏み入れれば、爽やかな木の香りと木製ランプシェードの温かな光に包まれます。
沖原さんは組子細工で知られる浜田市の「吉原木工所」で木工の技術を学び、2022年に独立。テーブルや小物など、オリジナルの木製品を生み出しています。

「これまで僕が学んできた組子は、細工の美しさが主役で、それを作り出すためには巧みな技術が必要になります。一方、今僕が取り組んでいる木作品の主役は“木目”だと思っています。木目は木の表情や個性とも言えるもので、同じものは一つとしてありません。そこに向き合いたくて、独自のものづくりを始めました」(沖原さん)
「hirven woodworks」では、北欧家具をインスピレーションに、一人一人の要望に合わせたオーダーメイドの家具作りを中心に、折りたたみ式のテーブルや手鏡といった定番商品も製作・販売しています。大切にするのは、現代の暮らしにマッチする、シンプルなデザインと機能性。そこには「使い捨ての時代だからこそ、世代を超えて使い続けてもらえるものを」という想いが込められています。
「hirven woodworks」では、木工の楽しさや木の魅力を伝えたいと、予約制でワークショップも開催しています。今回、小谷さんは「木彫りの器づくり」を体験させてもらうことに。

まずは器となる木を選びます。用意されたのは、ミズメ、サクラ、ケヤキ、カエデ、クリの木。沖原さんの言う通り、木目も色も一つ一つ違います。小谷さんは、「模様が可愛いくて一目惚れ!」と、ミズメの木をチョイス。「彫刻刀は、手のスナップが大事」と沖原さん。「彫刻刀を触るのは中学生の時以来」という小谷さん。はじめは不安そうでしたが、そのうちリズムに乗って手を動かせるようになってきました。木を削るたび、シュッシュッと小気味いい音が響きます。
「オイル仕上げは、ウレタン塗装の家具や食器と違って、木本来の風合いや質感を殺しません。使ううちに人の肌と同じように油が抜けてくるので、オイルやミツロウを塗って油分を補ってあげてください。お手入れしながらどんどん愛着が湧いてくるはずです。自分でメンテナンスできるのも木の楽しさですから」(沖原さん)
「木工が楽しくて仕方ない」と言う沖原さん。豊かな木々に恵まれた石見の地で、今後も木の魅力を伝え続けたいと語ります。その「好き」の熱量に小谷さんも心打たれた様子。
「自分の好きなものを自分の手で作りだせるって、すごく豊かなことだなぁと思います。そして、沖原さんの本当に木工が『好き』という気持ちが伝わって、さらにこれが誰かの『好き』になっていくんだなと思うと、すごく素敵なことだなとジーンとしてしまいました」(小谷さん)
「本当にそう思います。今、誰かの手の元で自分の作ったものが愛されていることが、とても大きなモチベーションになっていますね」(沖原さん)

手触りや香り、削る音など、五感で木の魅力を味わって、まるで森林浴をした後のような、なんとも満たされた気持ちで、「hirven woodworks」を後にしました。
74年地元で愛され続ける「千両まんじゅう」
小腹も減った夕暮れ時。立ち寄ったのは、益田駅から歩いて2分、路地裏に佇む小さなおまんじゅうの店「千両まんじゅう 本店」です。店先からはほかほかと焼きたてのおまんじゅうの湯気が立ち上り、道ゆく人を誘っています。

昭和23年に創業して以来、受け継がれてきた「千両まんじゅう」は、益田の人なら一度は食べたことがあるという、まさに地元の味。見た目は今川焼きのようなおまんじゅう。外はパリパリ中はモチモチの生地と、とろりと柔らかく、優しい甘さのあんこが特徴です。店長の河野おりえさんは、兄とともにこの店を継いだのだとか。

「やっぱり潰したくないという想いがありました。お客さんも、親の代から食べていて、娘や孫みんなが来てくれるんですよ。今東京に出ている人も、帰ったら千両まんじゅう食べないと、と来てくれるのは嬉しいです。最近では、ネットで宣伝していないのに、県外からわざわざ食べに来てくれる人もいるんですよ」(河野さん)
「ほかほかでおいしい〜。焼きたてはこの場所に来たからこその特権ですね。こうやって店先でおしゃべりしながら温かいおまんじゅうを食べる、なんて優しくて幸せな時間なんだろう。ああ、近くにあったら毎日通いたくなってしまいそう」(小谷さん)

「千両まんじゅう」で地元の人の暮らしにも触れたような気持ちに。笑顔の絶えない温かなおやつタイムでした。
島根クラフトの新たな魅力を伝える「MASCOS HOTEL」
今回の旅の宿泊先に選んだのは、同じく益田駅から徒歩3分の「MASCOS HOTEL(マスコスホテル)」です。実はこちらのホテル、単なる宿泊施設にとどまらず、インテリアや器、ファブリックなどのすべてを、窯元や家具職人などの地場産業と共同で開発もしています。

「MASCOS HOTEL」の館内には地元の職人の仕事が生かされています。家具はすべて同じ石見エリアのデザインオフィス「Sukimono」が手掛けたもの。内装や什器のフレームに使われる黒皮鉄は、石見銀山近くの製鉄工房「篠原メタル工房」のもの。「益田市にはすごい技術を持つのにまだ全然知られていない職人がいて、もったいない」というオーナー洪さんの思いから、職人たちの技術を動員して生まれたクラフトホテルです。

「このプレート、宮内窯さんと作られたんですね!」
小谷さんが見つけたのは、「MASCOS HOTEL」と陶芸体験でお世話になった「宮内窯」がコラボしたプレート。カップ&ソーサーもあります。ホテルの食事に使用される器は、島根県有数の窯元と作ったオリジナルのものが使われています。
温泉フロアのエレベーターホールには、浜田市の「吉原木工所」が手がけた大きな組子のオブジェが。独特の模様は、「MASCOS HOTEL」のロゴマークが元になっています。
「組子って、影がきれいですよね。お風呂上がりにこの影を眺めながらのんびりくつろぐのもいい時間だろうな」(小谷さん)

「MASCOS HOTEL」では、オリジナルプロダクトをお土産として購入することもできます。小谷さんが選んだのは、石見地域に1300年続く石州和紙を使ったブックカバー。高い強度を持つ石州和紙を、柿渋で染めることにより更に強度が増し、丈夫で長持ちするように。また、使っていくうちに手に馴染んでくるのも魅力です。

見るたび、使うたび、温かい気持ちになりそう
石見の手仕事にたっぷりと触れた小谷さん。ものに宿る職人の想いやストーリーを通して、石見地域の魅力を存分に感じることができたようです。
「その場で、実際に体験して、知らないことを知るって、こんなにも豊かなことなんだなと、改めて実感しました。今回の旅では、出会った人から『好き』という気持ちをたくさん教えてもらったような気がします。それによって私の『好き』を広げてもらった感じ。そういう想いやストーリーと共に出会ったものは、きっとこの後、見るたび、使うたびに温かい気持ちになるんだろうなぁと思います」
「手仕事」は、「体験」することで、より深くその魅力を知ることができます。東京から90分、伝統工芸の地、石見に来てみませんか。きっとあなたの暮らしに彩りと温もりを添えてくれる「手仕事」に出会えるはずです。
小谷さんが選んだ萩・石見みやげ

石州和紙のブックカバー
「本物の革みたいで面白い! 経年変化を楽しめるのも嬉しいですね。旅には本を持っていくことが多いから、さっそく使いたいと思います」(小谷さん)

宮内窯の小さな器たち
「宮内窯さんの器は、よく見る茶色だけでなく、乳白色やピンクなどの優しい釉薬の色合いが素敵。どんなふうに使おうかと今から楽しみです」(小谷さん)
この記事で登場した場所

石州宮内窯
住所:島根県江津市二宮町神主2211-3
TEL: 0855-53-0304
※陶芸体験は電話受付のみ
https://miyauchipottery.com/

hirven woodworks
住所:島根県浜田市弥栄町長安本郷255
TEL: 080-3896-3912
https://hirven.com/

千両まんじゅう 本店
住所:島根県益田市駅前町13-6
TEL: 0856-22-0705
https://senryou-manjyu.jp/

MASCOS HOTEL
住所:島根県益田市駅前町30-20
TEL: 0856-25-7331
https://mascoshotel.com/
Photography Yuri Nanasaki
Edit Masaya Yamawaka
Text Renna Hata