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本を片手に石見へ。
小谷実由さんの、ただ読書を楽しむための贅沢旅

モデル / 文筆家 小谷 実由

山陰の豊かな自然に風情のある街並み。ゆったりとした時間の流れる石見地域は、読書を楽しむのにぴったりの場所かもしれません。そこで今回は、旅には必ず文庫本を数冊持参するという、モデル・文筆家の小谷実由さんと一緒に、普段はなかなか味わえない「ただ本を読む贅沢なひととき」を味わうために、石見エリアの純喫茶やカフェをめぐりました。

小谷実由
通称・おみゆ。1991年東京生まれ。14歳からモデルとして活動を始める。自分の好きなものを発信することが誰かの日々の小さなきっかけになることを願いながら、エッセイの執筆、ブランドとのコラボレーションなども取り組む。猫と純喫茶が好き。著書に『隙間時間(ループ舎)』。J-WAVEのオリジナルpodcast番組「おみゆの好き蒐集倶楽部」毎週金曜日配信中。

90分の空の旅で、はじめての石見へ

島根県といえば、東部の松江や出雲をイメージする人が多いかもしれませんが、西部に位置する石見は、まだ知られていない場所も多く、未開拓の魅力が詰まったエリアと言えるでしょう。踏みならされていないからこそ、それぞれに、それぞれの旅の楽しみ方ができるはずです。そこで今回は、小谷実由さんと一緒に、「読書の旅」をテーマに石見をめぐりたいと思います。
 
というのも、小谷さんは、自他共に認める愛読家。旅には必ず本を持っていくと言います。
 
「これから行く場所をイメージして本を選ぶのも楽しいですし、知らない土地や場所で本を読んでいると、すごく自由な気持ちになれるんです。どこにいても自分自身を取り戻せるというか、いつもの日常を一緒に連れて行っているみたいな、安心感があります」

羽田から午前8時55分の便に乗れば、10時35分には萩・石見空港に到着。あっという間の空の旅です。

都会の喧騒や慌ただしさから離れ、思い切り読書を楽しみたいと、笑顔を見せる小谷さん。まだ行ったことのない石見をイメージして選んだ、3冊の本と一緒に飛行機に乗り込みました。
 
羽田空港から萩・石見空港まではおよそ90分の空の旅。窓の外の景色を眺めていたつもりが、いつの間にかウトウト……ひと眠りしているうちに、到着です。

「こんなに近いんですね! 今日はちょっぴり遠出したいなと、思い立って石見まで来ちゃう、なんてこともできそう」

読書といえばカレー。純喫茶「道」で味わうスパイスの香り

これからどんな場所で本を読めるのか、ワクワクの小谷さん。でも、まずは腹ごしらえをしてからと向かったのは、江津市の国道9号線沿いにある純喫茶「珈琲舎 道」です。
 
自他ともに認める純喫茶好きの小谷さん。旅先で思わぬ名店に出会うことも多いそう。
 
「その土地で大切にされ続けている場所を見るのが好きなんです。時代の空気感を感じながら、ここでどんな人間模様が生まれ続けてきたのだろうと考えているだけで、どこか物語の中にいるような、楽しい気持ちになります」

「珈琲舎 道」の外観。コーヒー豆がデザインされた壁に「かわいい!」と小谷さん。

創業46年の「珈琲舎 道」。お昼時は、地元の人や、9号線を利用する運送業の人で店内は満員に。
 
口コミでそのおいしさが評判になったカレーライスは、カレー好きのマスターが学生時代から独学で研究して作り上げた味。島根牛や熟成豚を使うなど、食材にもこだわっています。

「なんだか懐かしさも感じる味でおいしい! 後からスパイシーさも感じます」

食後にはもちろんコーヒーも。1杯ずつサイフォンで丁寧に淹れられた、ほっとする味わい。「4種類の豆をブレンドしているんです」とマスターの山本賢三さん。
 
「トラックの多い9号線沿いに建っているから、運送業のお客さんは多いんですよ。彼らは無線で各地のおいしいお店の情報を交換しているらしく、いつの間にかこの店のことが広まってね。ネットにはあまり情報も出していないのに、こうしてお客さんが来てくださることはありがたいですよ」(山本さん)

マスターの山本さん。妻の律子さんと二人で店を切り盛りしています。
カレーライス (小)のセット(コーヒーとサラダ付き)700円でこのボリューム! カレーライス (小)の単品だと、なんと420円です。「『うまい、多い、安い!』が一番だと思うんで、値上げはできない」と笑う山本さん。

以前は音楽ライブも開催していたそう。

店内には、トラック運転手のお客さんがこれまで置いて行ったステッカーがぎっしり。沖縄以外の全地域のステッカーが揃っているとか。

柔らかな光が差し込む店内。

「絶妙な紫ですごく素敵!」と、小谷さんが釘付けになったカップ&ソーサーは、すぐ近くの「石州嶋田窯」で作ってもらったオリジナル。コーヒーの色がきれいに見える色にこだわったのだとか。

お腹もいっぱいになったところで、今回の旅で持ってきた本を広げて。「どれから読んでいこうかな。その場所に合わせて選びたいと思います」(小谷さん)

「東京だと、こんなに広々とした喫茶店はなかなかないですよね。カレーに本はつきものだし、ここなら読書も捗りそう。お腹も心も満たされたところで、私も本を読むための旅へ向かいます!」

“あの色”を求めて、嶋田窯へ

「珈琲舎 道」でカップ&ソーサーの、“あの色”に一目惚れした小谷さん。そこで車で2分というご近所にある「石州嶋田窯」に立ち寄ってみることにしました。
 
「石州嶋田窯」が開窯したのは、昭和10年。石見焼の窯元では唯一現在でも登り窯を使用し、伝統的技法を用いて製造しています。大型の水瓶「はんど」を得意としていましたが、現在は、注文制作をメインに、今の生活になじむふたつき壷やカップ&ソーサー、器などを作っています。

小谷さんは、「気になるものがたくさんある……」と、お買い物スイッチが全開です。

「あの色見て来たのか!」と笑って迎えてくれたのは、3代目嶋田孝之さん。聞けば、紫がかった独特の色の石見焼を作るのは、嶋田窯だけなんだとか。

3代目の嶋田孝之さんは、石見焼の伝統工芸士です。

「焼き加減がちょっと違ったらあの色は出ないんです。なかなか難しいんですよ」(嶋田さん)
 
気になるものをいろいろ見つけて、大満足の小谷さん。思わぬお買い物タイムを楽しんだのでした。

嶋田窯のふた付き壺。種類の豊富さと手頃な価格も魅力。

お気に入りを見つけて大満足の小谷さん。「窯元では、こうやって職人さんとお話ししながらお買い物できるのが、やっぱり特別。すごく楽しい」(小谷さん)

手を振って見送ってくださった嶋田孝之さん。

「風のえんがわ」で庭を眺め、ほっとくつろぐ一人時間

嶋田窯から車で1分の距離に、古民家カフェがあると知り、やって来たのは「風のえんがわ」です。草木の間の小道を進むと、見えて来たのは大きな縁側付きの家。
 
もともとは蚕小屋だった2階建ての古民家をリノベーションしてカフェにしたそうです。離れには、煙草の乾燥小屋だった蔵を改装したギャラリーがあり、庭にはヤギ小屋もあります。まるで物語の中のようなこの場所。本の世界にもたっぷりと浸れそうです。

店へと続く小道にワクワク感が高まります。

かわいい鳥小屋も発見!

木々の向こうに「風のえんがわ」が見えてきました。

広々とした庭には、テーブルやベンチ、ブランコも。

広々とした店内には、おしゃべりに花を咲かせる女性たちや、一人ゆっくりコーヒーを楽しむマダムの姿が。子連れ客も歓迎で、店内にはキッズスペースもあります。

広々としたお庭を散策しながら、「旅の間は空を見上げることが多くなる」という小谷さん。席に座ると、東直子さんの詩集『朝、空が見えます』(ナナロク社)を取り出しました。
 
「空って、パッと見るだけじゃ、晴れとか、雨とか、明るい、暗いとか、単純に見えてしまうけど、それだけじゃない表現があるんだなと気付かされるんです。そこから考えるヒントをもらえるような気がします」

自家製のフルーツタルトや、季節の紅茶のほか、店の畑で取れる野菜や石見産の魚を使ったメニューが人気です。

時折、外の草木や空を眺め、風の音を感じながら、読書をしたり手紙を書いたり。各々が心地よいひとときを過ごしていく「風のえんがわ」。「こんな場所があったら通っちゃうだろうなぁ」と呟く小谷さんでした。

創業47年「UCCカフェメルカード」でレトロに浸る

のんびりと過ごした後は、30分ほど車を走らせ、浜田市の「UCCカフェメルカード」へ。創業47年のモーニングやランチも楽しめる喫茶及び珈琲豆販売店です。昔ながらの純喫茶の雰囲気を求めて他県から訪れる人も多いのだとか。
 
「外観が、味があって素敵! 店内も年季が入っていて、なんだか映画のセットみたい」

お店の真ん前は、踏切。レトロな赤い看板が目印です。

あたたかな照明が灯る薄暗い店内には、店主の満冨富子さんが、サイフォンで淹れるコーヒーの香りが漂います。
 
「そのTシャツって……」
 
小谷さんが指さしたのは満冨さんの着ていたバンドT。聞けば、アメリカのヘヴィメタバンド「SKID ROW」の大ファンなのだとか。「本当はロック喫茶に憧れているんですよ」と、楽しそうに笑う満冨さん。音楽好きの小谷さんと盛り上がります。満冨さんの人柄も、またこのお店の魅力なのでしょう。

ここで読むならと、小谷さんが選んだのは角田光代さんの旅エッセイ『いつも旅のなか』(角川文庫)。
 
「やっぱり旅の醍醐味って、人との出会いだと思うんですよね。この本はまさにそんなエピソードが詰まった一冊。臨場感があって、自分も一緒に行った気持ちになるんです」

旅に思いを馳せながらいただくコーヒーは格別。

まるで映画のセットのような店内。

サイフォンも年季が感じられます。

冬の日本海で潮風を浴び、パワーを充電

日暮れまでまだ時間がありそうと、車を15分ほど走らせ、海岸に寄り道。どこまでも続く美しい白砂の砂浜に、小谷さんは大喜びです。

石見エリアは実はサーフスポットとしても人気の場所。日本海側というと岩場の荒海を想像しがちですが、そんなイメージを裏切る砂浜の海岸線が続くのが石見の特徴です。海沿いに車を走らせれば、知る人ぞ知る穴場ビーチがたくさん。周辺には、マリンスポーツ施設やキャンプ場、アスレチック、海の見えるレストランなどもあり、壮大な風景をひとり占めしながら、思い思いの楽しみ方ができそうです。
 
荒々しい冬の日本海の風を浴びながら、「なんだか、モヤモヤは全部、どうでも良くなっちゃう!」と深呼吸。大自然のパワーを肌で感じられたようです。

夕暮れの海とワインと。「deer nature」で大人な読書タイム

いよいよお日様が傾き始めた頃に向かったのは、浜田市三隅町の海岸沿いに立つ「マリーンホテルはりも」。その中に、2024年オープンしたカフェ「deer nature(ディアナチュール)」があります。日本海を一望しながら、ワインや、料理、スイーツを楽しめる穴場的なお店と聞いてやって来ました。

店内に入ると、海に面した大きな窓に思わず歓声が。夕暮れの空と海が溶け合い、幻想的な景色が広がっています。この自慢の景色を宿泊客だけでなく多くの人に楽しんでもらおうと、もともとはホテルの食堂だったスペースをカフェに改装したのだとか。

迎えてくれたのは、3代目オーナーの吉田大さん。
「おすすめするなら4月の海。穏やかで透き通っていてきれいですよ」(吉田さん)

ボトルワインは全てナチュールを用意。“自家製”にこだわった料理やスイーツは、自身も料理人だというオーナーらしい本格派。カンパーニュは酵母から手づくりし、手間がかかるため、提供できるのは、土・日のみというこだわりよう。
 
中でもおすすめはワインと焼き菓子のマリアージュ。フルーツの産地として有名な浜田や益田のイチジクやレモンを使ったスコーンやケーキなど、「ワインに合う」ことを大切に、甘さ控えめに作られているそうです。
 
「季節の地元産素材を活かしたスイーツや、それに合うワインを。予約制でランチやディナーのコースも提供しています。素材の味と香りを引き出すことを、かなり重視しています。ここに来なきゃ食べられないものをお出ししたいと思っています」(吉田さん)

「ワインのみながら本を読むって、一度やってみたかったんですよね」という小谷さん。夕暮れの海を眺めながら、ちょっぴり大人な気分です。ここで読みたい本に選んだのは、岸本佐知子さんの『死ぬまでに行きたい海』(スイッチパブリッシング)。
 
「日常から不意にどこかに行ってしまうような感じが、この空間の非日常な感じと合っている気がします」

林檎と生ハム、自家製リコッタチーズのタルティーヌ。「外側はパリッと、中はモチモチでおいしい」(小谷さん)

刻一刻と色を変えていく空と海を眺めながら、ゆったりと読書とワインを楽しみ、東京ではなかなか味わえない贅沢な時間を過ごせたようです。
 
「通り道ではなく、目的地になる場所でありたいと思っています。季節によってそれぞれの海の眺めと旬の食材がありますから、来るたびに違う経験ができるはずです。ぜひゆっくりと味わいにいらしていただきたいです」(吉田さん)

「MASCOS HOTEL 」でディナー。鹿肉に白子、地元食材に舌鼓

1日の最後は、宿泊先である益田市「MASCOS HOTEL」の「MASCOS BAR&DINING」でディナーをいただくことに。オープンスタイルの空間では、地元の魚介や肉、新鮮な野菜を使った多彩なメニューを楽しめます。

小谷さんが特に絶賛したのが鹿肉のソーセージ。「臭みもなくて、ジューシーでおいしい!」と、思わず顔が綻びます。聞けば、益田市では近年鹿の増加が問題視されており、獣害対策で捕獲した鹿肉をお料理に生かしているのだとか。
 
他にも金柑や里芋の入った季節のサラダ、益田産いちごモッツァレラ、浜田産白子のフリットなどをオーダー。目にも鮮やかな一皿は、どれも素材を活かしたおいしさです。
 
ちなみにMASCOS HOTELのダイニングでは、脳科学者や建築家、音楽家など、日本各地からさまざまな才人を招いたイベントも開催。オーナーの洪さんは「この場所が、宿泊客と地元の人の交流の場になることを願っている」と言います。

店内の窯で焼き上げるピザも人気。

「オーナーの洪さんが、益田の人は、自然も食も全てが揃っているからか、ハッピー度が高いと言っていましたが、今日1日でそれをすごく実感できた気がします。一人でも、とっても充実した時間が過ごせました」

一人で旅するからこそ味わえる贅沢があると知って

「ただ本を読む」ことだけを目的に石見をめぐってみた小谷さん。東京ではなかなか味わえない贅沢な時間を過ごせたようです。
 
「昔ながらの純喫茶に、自然を感じられる空間、地元の味覚。行く場所、行く場所に魅力があって、本を通して旅することで、いろんな石見に出会えた気がします。特に印象深かったのは、夕暮れの海を眺めながら読書をしたこと。身も心もすごくゆったりできましたし、一人で旅するからこその贅沢を味わえたような気がします」

「今度は夫と一緒に来てみたいです」という小谷さん。一人で経験した喜びは、誰かに分け合いたくなるものですよね。そのときはまた違った石見の魅力に出会えることでしょう。

小谷さんが今回の旅に持参した3冊

東直子『朝、空が見えます』(ナナロク社)、角田光代『いつも旅のなか』(角川文庫)、岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』(スイッチパブリッシング)

さらに!

編集部オススメ萩・石見の本

森鴎外『ウィタ・セクスアリス』(岩波文庫)

石見が生んだ明治の文豪・森鴎外の代表作のひとつ。作中には鴎外が幼少期を過ごした津和野が登場し、登場人物も石見弁を話すなど、ありし日の石見の風景が描かれます。タイトルこそ刺激的ですが、本書は軽やかでユーモラスな語り口の自伝的小説。青春譚としても読める名作です。

司馬遼太郎『街道をゆく 1 湖西のみち、甲州街道、長州路ほか』(朝日文庫)

歴史小説で知られる司馬遼太郎は、旅エッセイの達人でもあります。本書は1971年から25年続いた週刊朝日の人気連載をまとめたシリーズ1冊目。司馬遼太郎は石見エリアを巡り、津和野町の街中で水路を泳ぐ鯉に驚いたり、益田市で雪舟が手がけた医光寺の庭園を訪ねたりしています。

くらもちふさこ『天然コケッコー』(集英社文庫)

「気に入ってくれりゃええけどな わたしらの村 村(ここ)へ来たこと後悔させとおないもん」。コテコテの石見弁も大きな魅力。石見の片田舎の中学校に、都会育ちのおしゃれな男の子がやってきて……浜田市の三隅町が舞台の、青春劇のマスターピース。夏帆さん、岡田将生さん主演で映画化もされました。

この記事で登場した場所

珈琲舎 道

住所:島根県江津市後地町245−7
TEL:0855-57-0555

石州嶋田窯

住所:島根県江津市後地町1315
TEL:0855-55-1337

風のえんがわ

住所:島根県江津市後地町2398
TEL:0855-57-0522
https://kazenoengawa.work/

UCCカフェメルカード浜田店

住所: 島根県浜田市田町30
TEL:0855-23-3777

deer nature

住所:島根県浜田市三隅町古市場1130 マリーンホテルはりも内
TEL: 0855-32-0370
https://harimo.com/

MASCOS BAR&DINING 

住所:島根県益田市駅前町30-20
TEL: 0856-25-7331
https://mascoshotel.com/

Photography Yuri Nanasaki
Edit Masaya Yamawaka
Text Renna Hata

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