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会津屋八右衛門の頌徳碑

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 松原湾を見おろす鰯山岩頭に、海の快男児会津屋八右衛門の碑がある。八右衛門の父今津屋清助は、藩の廻船御用をつとめていたが、文政2年(1819)積み荷を乗せた船が難破、全てを失い、家名は断絶した。しかし、八右衛門は、家の復興と自らの夢を捨てなかった。
 家名を会津屋に改め、当時空島で資材が豊富だった竹島(現在の欝陵島:うつりょうとう)に目を付け、江戸の藩役人に渡海許可を申し出た。当時、浜田藩は松平周防守家が治めていたが、藩財政は窮乏を極めていたため、勘定方橋本三兵衛、国家老岡田頼母(たのも)らが、八右衛門と密議をこらし、抜け荷(密貿易)による収入で財政建直しを計画した。天保元年(1830)ごろから、竹島を足がかりに、東南アジア諸地域への密航が始まり、貿易によって巨利を得、次第に藩財政もうるおっていった。しかし、幕府の密偵間宮林蔵(まみやりんぞう)により浜田藩の抜け荷が発覚。国禁を犯した重罪人として、天保7年(1836)に八右衛門と橋本三兵衛は江戸に送られ死刑となった。家老岡田頼母は、事件発覚と共に責任を負って自刃して果てた。しかし八右衛門は海の男として浜田の人々にその快挙がたたえられ、昭和10年(1935)に碑が建てられた。

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