オキノクニノチメイユライ

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隠岐国の地名由来

 隠岐島は『古事記』『日本書紀』に、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)2神が4番目にお生みになった土地で、「隠岐の三子洲(みつこしま)」と書かれている。「隠岐の三子洲」とは、島後(どうご)が親島で、島前(どうぜん)の知夫里島、西ノ島、中ノ島が子島であって、親島に率いられた三つの子島の意味であるという。
 『記紀』には、隠岐の地名由来は書かれていないが、喜田貞吉博士によると、島前3島に対して、島後は沖の島と呼ばれていて、島前、島後の四つの島の総称として、主島である沖の島の名をとってオキの島と呼称されるようになったという。
 別に、伝承として天照大神(あまてらすおおみかみ)が、この島の40余丈もある木をごらんになって、「美しき御木だ」といわれたことから、御木(おき)とついたとも語り伝えられている。
 島後が島前の三つの島より沖合にあるため沖の島と呼ばれ、それに天照大神の「御木」の伝承が付加され、ついで、島全体の名称として沖の島が呼び名となったのだろう。しかし、なぜ「隠岐」の字をあてるようになったか定かではない。