多くの人に愛される石見神楽

 石見神楽は、島根県西部の石見地方に古くから伝わる伝統芸能です。元来五穀豊穣に感謝し、毎年秋祭りに氏神様に奉納されてきましたが、時代とともに石見人の気質にあった勇壮にして華麗な郷土芸能へと進化しました。活発華麗な舞と、荘重で正雅・古典的な詞章が特徴で、方言的表現、素朴な民謡的詩情とともに独特のものをつくりあげています。

 廃れ忘れられていく伝統芸能が多い中、石見神楽は老人から子供まで大人気。また全国各地だけでなく、海外公演も多く行われています。そのスケールの大きさとダイナミックな動きで絶賛を得た「大蛇」を含め演目は30種類以上にのぼり、例祭への奉納はもとより各種の祭事、祝事の場に欠かすことのできないものとなっており、広く誇れる郷土芸能です。

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調子

 石見神楽には「六調子」と「八調子」があり、現在は八調子が主流となっています。

 奏法は同じ八調子でも、囃子を聞いて受ける印象は地域によって若干異なります。益田地方は力強くずっしりとした重厚感のある奏法、浜田・江津地方は軽快で小気味好い奏法です。

衣装

 石見神楽の衣装は舞衣と呼ばれます。金糸・銀糸で刺しゅうを施し、またメッキされた銅板やガラス玉等も生地に一針ずつ丹念に縫い込んでいきます。全て手作業で作られる豪華絢爛な衣装は、一着仕上がるには数カ月から半年、場合によっては一年以上かかり、金額も一着数百万もするものもあります。各社中がそれぞれにデザインを工夫し個性を生かしているため、同じものは一着もありません。

 面は、石州和紙を貼り重ねた丈夫で軽い張り子でできており、勇壮で激しい舞を可能にしています。

舞

 太鼓や笛のお囃子に合わせ、30数種の演目を悠々と舞う姿は観る者を魅了します。 特に「石見神楽の華」と称されるほどの花形演目「大蛇(おろち)」は、日本神話におけるスサノオの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治を題材とした内容で、数頭の大蛇がスサノオと大格闘を繰り広げる壮大なスケールの舞いが見られます。

演出

 石見神楽は今もなお進化し続けながら受け継がれています。 昔、襦袢の股引きだった大蛇の胴は、明治中頃に提灯をヒントにして作られた蛇胴になりました。また、1970年の大阪万博参加を機に、大きく進化しました。


 このとき「大蛇」を上演しましたが、それまで地域の伝統芸能としてこじんまりと守ってきた石見神楽が、外国人や多くの見物客にも分かり易いようにと効果音や視覚的な要素を織り交ぜて演出しました。八岐大蛇の目が発光ダイオードによって光ったり、スイッチ操作で煙や火を吐く演出や、スモークをたいて雲を演出するなど様々です。

若手が活躍する石見神楽

 他県の人々から驚かれうらやましがられるのが、石見神楽を担っている人たちに若手が多いということ。小さな頃から親に連れられて神楽を見たり、子供神楽に参加して育った石見の子どもたちは、基本的に神楽好きが多く、浜田市のある高校には神楽部まで存在します。


 自治会の数だけあるといわれる石見神楽の社中も、そのほとんどが20〜30代の若者が中心となって活躍しています。世代を越えて人々の魂を捉えるリズムと舞は、さらに時代ごとの工夫も加えて成長し続けています。

石見神楽を支える人たち

■柿田面工房/柿田勝郎さん(67歳)・兼志さん(38歳)

 石見神楽面の名工の一人、柿田勝郎さんは若い頃に脱サラしてこの道に飛び込んで来ました。40年近くの間に作成した面の型は、千数百個。役者の顔が一人一人違うように、作り出す面の表情も、一つ一つ異なります。  現在勝郎さんは、後継者である息子の兼志さんと一緒に面作りに取り組んでいます。兼志さんは関東の実業団野球で活躍していましたが、結婚を機にUターンして家業を継ぐことを決意。工房での10年の修行を経て、今年表彰も受けました。(島根県ふるさと伝統工芸品後継者表彰、島根県特産品技能者認定書)

兼志さん自身も幼い頃から神楽に親しみ、小学校までは子供神楽で自分も演じていたそうです。石見の子ども達にとっての神楽は、いわば「仮面ライダーショー」みたいな感覚でしょうかね、と笑う。悪い化け物を正義の味方が退治する分かりやすさ、大蛇や鬼など怖いけど見てみたい心理、そして石見神楽の8調子のリズムの軽快さなど、その魅力を語ってくれました。
 「続けていくことが大切。好きな仕事だから苦労と感じたことはないですね。舞い手さんが、私たちの作った面と一体となって踊る姿を見ると感動します。」と語る兼志さんの将来の抱負は「父の色と共に、いつか自分の色も出していければ。」とのこと。

<柿田面工房>
島根県浜田市熱田町636-60
TEL:0855-27-1731
http://kakita.ai-fit.com/


■日下義明商店/日下 悟さん(56歳)

 島根の伝統工芸品・長浜人形の職人だった、日下(ひのした)義明さんが独立して日下義明商店を創業し、神楽面も手がけるようになりました。長浜人形は、江戸中期から浜田市長浜町で生産されてきた土人形で、色彩のきらびやかさとともに温かみと気品あふれる表情が人気でした。明治時代に、この長浜人形や和傘制作の伝統技術が土台となって、全国的にも珍しい製作工程の石見神楽面が誕生しました。

 昔の神楽面は木製でしたが、動きの激しい石見神楽には重くて不向きなため、長浜人形の技術を応用した、石州和紙による張子面が長浜で考案されたのです。面作りの工程は、粘土型を包み込むように石州和紙を幾重にも丹念に張りこみ、和紙が乾燥したら粘土の型を壊して取り外します。目鼻の穴を開けて彩色し、毛髪や髭などをつけて完成です。 (工程の途中では、防水・防虫のために柿渋を使用。)

 二代目の日下悟さんは、コンピュータ関連会社でシステム開発の仕事をしていましたが、Uターンして1995年から父親の義明さんの後を継ぎました。「時代とともに進化する、自由度の高さが石見神楽の魅力」と語ります。

 

<日下義明商店>
島根県浜田市長浜町1419-1
TEL:0855-27-0233


■神楽ショップ くわの木(佐々木善昭 所長)

 石見神楽の魅力は、演舞と囃子にあります。日本人の魂をつかむ懐かしい音色に、軽快闊達なリズム。近年は、演出と衣裳が競い合いながら目を見張るような発展をしてきました。
 石見神楽の衣裳制作には、(種類にもよりますが)大体完成に半年から1年くらいかかります。昔は布に手描きの衣裳でしたが、明治時代に歌舞伎をヒントに日本衣装の技法を取り入れ、金襴やビロードの地に金糸銀糸の刺繍や、ガラスや金属を縫い込むなどどんどん華やかになり、現在の石見神楽の衣裳は豪華絢爛たるものになりました。

 大蛇も、昔は鱗形を描いた襦袢の股引きを着ていたのですが、提灯をヒントに考案された竹枠に和紙を貼った今日の蛇胴をつけるようになり、演目「大蛇」はまさに石見神楽の圧巻となりました。
 京都などへ素材を仕入れに行った際に寺社を見学して、衣裳デザインの参考にするなど、日々験算を積み重ねています。

<神楽ショップ くわの木>
島根県浜田市金城町下来原1541−8(きんたの里敷地内)
TEL:0855-42-0039
http://www.iwamifukushikai.or.jp/