あるときは「荒ぶる神」、あるときは「和らぐ神」。 神話と製鉄の伝承ルートを追う!!

スサノオ


高天原を追放され出雲へ

スサノオは、アマテラス・ツキヨミと共に三貴子の一神であり、イザナキの鼻から生まれたとされます。しかし、『古事記』『日本書紀』によると、イザナキの命令をきかなかったことから、追放されてしまいます。やがてスサノオは、姉のアマテラスにいとまごいをするため高天原へ行き、そこで悪行の限りを尽くし、今度は神々によって高天原を追放されてしまいます。

高天原を追放されたスサノオは出雲へ天降り、そこでヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメと結ばれ、オオクニヌシをはじめとして多くの子孫に恵まれます。さらに、『古事記』では、スサノオは黄泉の国(根の国)の支配者となって、訪れた子孫であるオオクニヌシにさまざまな試練を与えたりもしています。

出雲国風土記』では素朴な神

ところが、『出雲国風土記』をみると、スサノオのイメージは一変。全部で四か所に姿を見せていますが、いずれも短いエピソードばかりです。たとえば、意宇郡の安来郷は、スサノオがここにきて心が落ち着くと言ったので「安来」という地名がついたとしています。飯石郡の須佐郷では「この地はよいところなので、名には自分の名前をつけよう」といって鎮座したとあり、大原郡では「佐世郷」の条に佐世の木の葉を頭に刺して踊ったという伝承がみられ、大原郡条の御室山(みむろやま)では、御室をつくったことが記されています。

このように、『出雲国風土記』の中のスサノオは素朴で平和的な神として現れ、記・紀にみられる荒ぶる神のイメージはまったくみられません。しかし、御子神たちに注目するとこうしたギャップは解消されてきます。『出雲国風土記』には、スサノオの御子神が七神登場し、それらの中にはツルギヒコやツキホコトオヨルヒコなど剣や矛といった武器に関わる武神のイメージを持つものがいるからです。

スサノオラインとは何か

それでは、スサノオ神は一体、どのような神といえるのでしょうか。このことについて『出雲国風土記』をみると、スサノオの伝承が分布している飯石郡や、二つの郡には鉄に関連する記述が見られ、製鉄がおこなわれていたと考えられます。つまり、そこには古代、製鉄集団がいたと思われ、スサノオは彼らに信仰された製鉄神であった可能性が高いとされます。スサノオ信仰の拠点は、スサノオが自分の名をつけた須佐郷にあったと考えられ、伝承分布からみると、それが大原郡(佐世郷、御室山)や意宇郡安来郷へと伸びていったと推測されます。この四か所の分布を線で結ぶとほぼ一直線につながる(スサノオ・ライン)ことも興味深いといえます。