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「一番好きな食べ物は?」ほど難しい問いは無いと思う。
幾度となく自問自答を繰り返し、ようやく迷いなく「焼きとりです」と答えられるようになった。そんな焼きとり愛を各所で吹聴し続けた結果「焼きとりの聖地・長門ではしご酒取材」という夢のような企画が舞い込んだ。目指すはブランド鳥「長州どり」、地鶏「長州黒かしわ」で知られる山口県長門市。心の底からライターになって良かった。
海が近く水産業が発展していた長門市。特産品であるかまぼこの原料「エソ」という魚のかすを有効活用するため、鶏の餌にしたのが始まりだ。エソを食べた鶏はやわらかく、旨味も強くなり、次第に長門市は養鶏業が栄え、焼きとりの町になっていったそうだ。自然も、養鶏場も町も人も、すべての距離がぎゅっと近い長門市。どんな一本、一杯、一夜に出会えるだろう。
今回紹介する店舗様
1軒目「田中家」
できるだけ夜を長くするには、夜を早く始めてしまえばいい。
画期的な発見をし、まだまだ明るい時間から1軒目の暖簾をくぐる。JR長門市駅前の老舗の焼きとり店が並ぶエリアではなく線路を挟んだ反対側、一匹狼的立地に「田中家」はある。この町では比較的新しい焼きとり屋だ。旅先の貴重な一夜のはしご酒は「何軒いけるか」が勝負。もちろん数だけでなく質も重要なので下調べもしつつ、あとはその時の気分と胃袋と肝臓と相談しながら、風来坊しようと決めた。

「田中家」を1軒目に選んだ理由は、焼きとり好きの知り合いにおすすめされたことと、気になっていた地酒があること、そして調べていく中で店主の焼き鳥への情熱を強く感じたこと。清潔感のある店内は小料理屋のような明るい雰囲気で、シラフの女1人でも躊躇なく入店。焼いているところを見たいのでカウンターに座り、フレンドリーな店主御夫婦に話を聞く。田中家では、鶏だけでなく、炭、タレに使うお醤油&お酒に至るまで、すべて山口県内のものにこだわり1つひとつ選び抜いているという。「量産品や外国産のものに比べるとコストはかかってしまうんですけどね」と笑いつつ、店主は誇らしげだ。
串を重ねるうちにじわじわと感じる、長州どりのポテンシャルの高さ。古くから養鶏が盛んな長門市は養鶏場との距離が近く、それは店主が大阪からIターンしてきた理由の1つだという。もともと大阪の企業で働いていた店主は、大好きな焼きとりの事業に興味を持ち長門市へ。はじめて長州どりを自分で焼いた時、そのおいしさに衝撃を受けたのだという。「大阪や東京だと、鶏はチルドか冷凍で届きます。費用が上がり、鮮度は下がる。ここ長門では朝注文して、昼に受け取り、串打ちしてその日の夜に提供できる。距離の勝利です」と店主は言う。

長門の焼きとりの特徴の1つが、一般的な「ねぎま」に長ねぎではなく玉ねぎが入っていること。その明確な理由は不明だが、店主は「玉ねぎのほうが流通しやすかったから?ともいわれますが、長門では冷凍しにくい玉ねぎを差し込むことで“うちの串は新鮮です”とアピールしたという説も。自分はそっちのほうが、夢があっていいなと」と微笑む。もともと食べ歩きが趣味だった店主は、焼きとりの道に進む際、長門の全焼きとり店へ足を運んだ。「自分の夢の1つが“自分の店に食べに行くこと”です」と笑う。焼きとりの知識と行動力、そして情熱に感服の一軒目だ。
2軒目「ちくぜん総本店」
店主との会話を楽しみたい夜もあれば、1人静かに飲みたい夜もある。2軒目は「焼きとりや ちくぜん 総本店」へ。2階にある店舗に入ると、焼きとり=赤ちょうちんのイメージとは異なる、カフェのような空間が広がる。月曜日だというのに、女子会、カップル、赤ら顔のおじさま方、そしてまだ時間が早いからか子ども連れの家族もいて、客層が幅広い。この店は女性が経営・企画・運営を行う。細やかな配慮と空間の演出は、女性の視点が生きているのだと思う。
カウンター席を無事ゲットしてメニューを開く。空腹も落ち着き今の気分は「ちびちびつまみたいモード」。そんな時必ず選ぶのが、焼きとり界のヘルシー担当・ささみだ。長州黒かしわのささみ(わさび)と、気になっていた長門のクラフトビール「365+1BEER ベルジャンホワイト」を注文する。ちなみに途中で一旦ビールを挟むことを「箸休めビール」と呼んでいる。


串を出すタイミングは、焼き手の思いやりとセンスが光る。焼き場から客席に目が行き届きにくい広いお店では、大皿にまとめて一気に出てくることもある。ここではこちらの食べるペースに合わせて一皿ずつ串が出てきた。常にアツアツ焼きたてが食べられるのでおいしさ倍増。どんどん入るオーダーの紙を見ながらテキパキ手際よく動く焼き場の女性たちを見ながら、1人で旅をふりかえったり、明日の予定を考えたり。店主と会話するのも楽しいけれど、1人で静かに過ごすのもまた楽しい。
焼きとりの味は、タレか塩かだけではなく、鶏の鮮度、焼き加減、部位、切り方、一口のサイズ、注文する順番、どんな飲み物と一緒に食べるかなどで、無限に変わる。まさに一串の宇宙。お腹も満たされ、ほどよく酔いもまわり、ここで終わり…と思いきや。焼きとり狂の夜はまだまだこれから。
後編へつづく
Photo / Taku Fukumori
Text / Nozomi Inoue