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赤瓦の街へ。
カーリー・クシュケさんと石州瓦を巡る旅【暮らしと風景編】

左官職人/設計士 カーリー・クシュケ

「石見には、東京や京都では観られない自然体の日本の美しさを感じます」と石見の印象を語るのは、南アフリカ出身の左官職人/設計士カーリー・クシュケさん。
 
土や建物が大好きなカーリーさんの石見旅は、「石州瓦」がテーマ。伝統の赤瓦をキーワードに、石見の風景や暮らしの美しさに触れる旅へと出かけます。

カーリー・クシュケ 
南アフリカ出身の左官職人であり設計士。南アフリカの大学で建築設計を学んだ後2018年に東京へ留学。早稲田大学大学院で建築設計を学び、卒業後は東京・千駄木の「原田左官」で左官職人に。現在は独立し、東京を拠点に左官の知見を生かし建築設計の仕事に携わる。

200年超の歴史を誇る石州瓦の窯元「亀谷窯業」へ

羽田空港から萩・石見空港まで空路で約90分。石見地域に到着してまず訪れたのは浜田市にある「亀谷窯業」。1806年創業の石州瓦の窯元で、伝統的な製法を守りながら現代のライフスタイルに寄り添う革新的なものづくりに挑戦しています。

「私の専門である左官というのは、コテで壁や床に土や漆喰などを塗って仕上げる職人仕事です。仕事で色々な土地の土や砂に触れてきました。石州瓦も土を使った職人仕事なんですよね。今日はどんなお話が聞けるのが楽しみです」

亀谷窯業が生産する「石州瓦」とは、島根県石見地方で伝統的に造られる赤褐色の粘土瓦。石見の良質な粘土と、県内で採れる石による釉薬を使い高温で焼き上げることで、独特の赤い色合いが生まれます。「赤瓦」とも呼ばれ、赤い瓦屋根の風景は石見地方を象徴する景観です。

工場を案内してくれる亀谷典生さん。亀谷さんが開発した石州瓦のタイルは<ザ・リッツ・カールトン東京>で内装に採用されるなど広く注目を集める。

「石州瓦のルーツは民家の庭や畑に置かれる水甕なんですよ」と教えてくれたのは、亀谷窯業の9代目・亀谷典生さん。聞けば、石州瓦の元になったのは「石見焼」という石見伝統の焼き物。寒さや酸に強いため水甕や梅干し壺に使われていた石見焼きが、約400年前にお城の屋根瓦に使われたのが起源だそう。
 
当初高級品だった石州瓦も時代とともに一般化し、石見に赤い瓦屋根の民家が広がっていきました。現在では“石見といえば赤い石州瓦“と言われるほど地域のアイコンになった石州瓦ですが、それには合理的な理由があるのだと亀谷さんは言います。
 
「石州瓦の屋根はメンテナンス不要で100年以上綺麗なまま維持できます。赤い色は島根県で採れる『来待石(きまちいし)』の釉薬の色で、これがガラス質の皮膜を作り水を弾きます。また高温で焼き締めるので耐久性が高く寒さにも強い。つまり、雨が多く冬の寒い石見の風土に合った、丈夫で長持ちする素材なんです」(亀谷さん)

効率より手仕事の伝統を。来待石にこだわる唯一の窯元

一方でそうした伝統的な石州瓦の製法は、近代化・工業化の流れによって中で淘汰されてきたのも事実。来待石の釉薬だけにこだわり職人の手仕事で瓦を焼く窯元は、今では亀谷窯業ただ1社のみ。

石州瓦の原料となる石見の良質な粘土。耐火性が高いのが特徴で、高温で焼き上げることで強い瓦になる。

「現代の日本人は均一なものを求めすぎです」と亀谷さんは警鐘を鳴らします。「コスト重視で画一的な住宅を建てていけば、日本中同じ風景になります。瓦も同じで、来待石を使って手仕事で焼けば手間もコストもかかり、工業品のように均一には仕上がりません。一枚ごとに微妙な違いが生まれる。しかし、それが本来の魅力なんです」(亀谷さん)
 
来待石の釉薬のかけかた、炎の当たり具合や、土や水の状態、手仕事に由来するゆらぎのような質感の不均一さ。一枚ずつ微妙に表情の違う瓦を屋根に並べた時に生まれるグラデーションは格別な美しさを持ちます。自然の不均一さを美しさとして味わうか、ムラとして退けるか。現代の私たちの価値観に問われる問題です。「左官でも同じです」とカーリーさんもうなずきます。

「最近は内装を左官で仕上げたいというニーズが高まっています。そこには工業的な均一さより、手仕事の良さを求める気持ちがあると思います。それに、土や漆喰など自然の素材を扱いますから、ちょっとした環境の変化で仕上がりが大きく変わります。素材を完璧に扱うには職人の経験とカンという感覚の世界で、機械的には作れません。でも、そうして仕上げた左官の壁には安心感があって、空間に落ち着きが生まれるんです」

瓦づくりの各工程に職人の手仕事が生きる。

「それに、石州瓦は土地の粘土を使うんですよね。左官でもその土地の土や砂を使ってほしいというオーダーが増えています。土地の素材を使いその土地に寄り添うストーリーを持たせる。それは今の建築はトレンドですが、石州瓦はずっと昔からやっているんですね」

ふたりの話に共通するのは、瓦も左官も本来は地域の風土や暮らしに根ざした職人仕事だということ。事実、かつては日本各地でローカルの瓦が作られていたといいます。現代のように流通の発達していない時代には、土地の素材を使って家を作る方が合理的で、結果として日本中にその土地らしい建物が生まれ、固有の風景があったはずです。

青い空と山々の緑に赤瓦の家屋が映える、石見らしい風景の色合い。

「昔の石見の人たちも、赤瓦の景観を作ろうと石州瓦を使ったわけではないはずです」と亀谷さん。「丈夫な瓦で屋根を作り、100年先の世代まで家を残したい。そうした思いから石州瓦の赤い瓦屋根の景観が広がっていった。文化は土地の暮らしから生まれるものです。順番を間違えて表面的に形だけ取り繕っても真の文化にはなり得ないはずです」(亀谷さん)。亀谷さんの思いに触れ、カーリーさんも感銘を受けた様子。

「亀谷さんの石州瓦は土と石から生まれて100年以上も長持ちします。土地の素材を使うので輸送コストもかかりません。今の時代に求められる持続可能な工法ですよね。それが伝統として何百年も続き風景になっているなんてすごいです。亀谷さんは職人としてもアーティストとしても学ぶところばかり。ここで修行させてほしいくらいです!」

亀谷窯業では石州瓦の食器も購入可能。水を通さないため食べ物の匂いが器に残らず酸や汚れに強い、器としての機能美を備えた名品。石見の赤を日々の暮らしに取り入れることができます。

築90年の赤瓦の宿で石見の暮らしを体感する

続いてやってきたのは島根県邑南町にある日貫(ひぬい)地区。赤瓦の家が並ぶ山間の集落です。萩・石見空港からは1時間ほどのドライブですが、車を走らせ日貫にやってきた理由は1つ。ここには、旅の目的になる美しい1軒の宿があるのです。

一棟貸しの宿「日貫一日(ひぬいひとひ)」。ここは日貫でゆったりと一日を過ごしてほしいという地域住民の思いから生まれた空間。築90年を超える古民家を舞台に、建築家や設計士、デザイナーや料理家、写真家、造園家たちが力を集め、現代的な宿に再生させました。

日貫地区は、都市部から離れたいわば辺境の集落。人口減や高齢化といった課題を抱える地域ですが、それは見方を変えれば手付かずの美しさが残るということ。経済成長による都市化や過度な開発から守られた素朴で美しい暮らしの風景こそが日貫の魅力です。

「美しい場所ですね。旅行に行くと何かしなきゃと予定を詰め込みがちですけど、何もせずに過ごす時間もいいですよね。宿で過ごす時間が目的になる旅っていいなって思いました。この建物にいると地元の方と同じ風景を眺めて、同じ時を過ごしている感じがします」

宿泊スペースとなる安田邸の居間で。寝室は2部屋あり6名まで宿泊可。

日貫一日の宿泊スペースとなるのは、築90年を超える古民家を改装した「安田邸」で、リノベーションの設計は大阪を拠点に活動する建築家集団dot architectsによるもの。元の建物はモダニズム建築で名高い島根県庁舎などを手がけた1911年生まれの建築家・安田臣氏の実家だそう。

「一般的に日本の古民家は暗く狭いものが多いと思います。もちろんその良さもあるのですが、明るい環境に慣れた現代人には過ごしづらく感じますよね。その結果、現代の日本は真っ白で無機質な空間ばかりが増えていると感じます。でも安田邸はそうじゃないんですよね」

安田邸の玄関を入ると土間があり、靴を脱いで畳の居間に上がる設計。土間で家族が集い、居間でくつろぐかつての日本の暮らしのリズムを現代に再生させる狙いが伺えます。襖で区切られた空間取りは、用途やシーンによって間取りを変える日本家屋らしい仕様。限られたスペースを有効に活用する日本的な知恵と工夫です。

「日貫一日は、現代的な明るさと伝統的な文脈を両立させているのが素晴らしいです。ヨーロッパのような大きな窓からはたっぷり光が入り、空間はすっきりと綺麗です。同時に日本らしい素材やデザインを生かしているから落ち着きがありますよね。土地の伝統的な暮らしを現代的に解釈したこうした建築は、日本の家の魅力を次の世代に伝えるものだと思います」

ベランダに続く大きなガラス窓。一日中室内にやわらかな光が差す。

日貫一日を運営する一般社団法人弥禮(みらい)代表の德田さん。「懐かしい風景の中で豊かな食材おだやかな時間を楽しんでほしいです」と語る。

朝食会場兼フロントの「一揖」はお茶が飲めて地域の人の交流の場にもなっている。古い工場跡地をベースに閉校した小学校の廃材を活用してつくられた建物。

地元生産者の食材を使って自ら料理する夕食。暮らしの感覚を味わえる。

日貫伝統料理「へか」は農具の「へか」で鶏肉を焼いて食べたことが起源。石見ポークと地元野菜を使い、野菜の水分のみで調理する。

市街地の街明かりも届かない日貫地区の静かな夜。晴れた日は美しい星空が楽しめる。

リゾートでも観光でもない暮らしに溶け込む旅

日貫は決してアクセスがいいとは言えず、お店も人も少なく、都市や観光地に求める華やかな賑わいはありません。しかし、その代わりにおだやかな静寂と豊かな自然があり、里山に寄り添う昔ながらの暮らしの風景があります。

「夜は澄んだ空気の中で満点の星空を眺めました。朝は早起きしてお茶を入れて、近くのお寺まで散歩したり、近所の方とお話ししたり。宿のベランダで鳥のさえずりを聞きながら、風景を眺めて。この宿はリゾートでも観光地でもなくて、それがいいなあって思います。地元の人たちが暮らす場所にいる感覚。その地域の普通の一日を感じられるのは貴重です」

石州瓦の伝統と職人の思いに触れ、石見の暮らしを体験する。そんな旅は、カーリーさんにとって学びのある豊かな時間になったようです。

「亀谷さんも日貫一日も、伝統を受け継ぎながら新しい挑戦をしています。地域の伝統の本質的な部分を守りながらも、変化しながら前に進む姿勢に刺激を受けました」

「石見がきれいなのは、受け継がれる赤瓦の家と風景が石見の光に調和しているからかも。赤瓦に映る光、海に沈む夕日、日貫一日のベランダに差す朝の光。石見の光は賑やかなアフリカの光とも、昼も夜も明るい東京とも違う、エレガントな日本の光でした。石見は海外にはほとんど知られてない地域ですが、外国の人はきっと大好きだと思います。石見には大きなお寺とかお寿司だけじゃない、自然体な日本の美しさが残っていますから」

日本の人にとっても、石見地域にはまだまだ知られていないエリア。ここには開発や過度な商業化から取り残されたようにひっそりと光る、美しい場所がたくさんあります。そんな石見の滞在は、日本の美しさを再発見し、都市の慌ただしさに慣れた感覚を休めるおだやかな時間になるはずです。

カーリー・クシュケさんの石見旅【グラントワ編】はこちら。

さらに!

カーリーさんが選んだ
萩・石見旅のおみやげ

「垣崎醤油店」の糀みそ

日貫一日の夕食の鍋で使われて、スタッフ一同「美味しい!」と夢中になったのがこちらの味噌。地元邑南町の老舗、垣崎醤油店による生味噌で、糀の風味の生きたフレッシュな味わい。

石州瓦のピアス

小さな石州瓦のピアスは、亀谷窯業のショップで購入可。天然の来待石の釉薬を使っているからこそ生まれる魅力。

この記事で登場した場所

亀谷窯業有限会社

島根県浜田市長沢町736番地
TEL:0855-22-1807
http://www.kamedani.com/

日貫一日

島根県邑智郡邑南町日貫3376
TEL : 090-3632-4902
https://hinuihitohi.jp 

Photography Yuri Nanasaki
Edit & Text Masaya Yamawaka
Assistant Sayaka Ide

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