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「検索できない場所を旅する」
俳優・甲本雅裕さんが感じた石見の美しさ

俳優 甲本 雅裕

2022年2月に公開された映画『高津川』で初の主演をつとめた甲本さん。益田市、津和野町、吉賀町など石見地域での撮影の間、石見に長期滞在をされていたそう。「地元の人の動きそのもの」と評された演技の裏には、石見の人々の日々の営みに寄りそうまなざしがありました。甲本さんが過ごした益田の魅力について、聞きました。

甲本雅裕(こうもと・まさひろ)
1965年生まれ。岡山県出身。大学卒業後は会社員として働くも、1989年から三谷幸喜主催の劇団、東京サンシャインボーイズに入団。俳優としての活動を始める。『12人の優しい日本人』『ラヂオの時間』など在籍中は同劇団すべての舞台作品に出演。劇団解散後はテレビや映画にも活躍の場を広げ、『踊る大捜査線』シリーズや『遺留捜査』など話題作に出演。2022年2月より上映の『高津川』(錦織良成監督)では自身初の主演を務めた。

石見の人は山陰の「陰」の字が
似合わないような印象があります

映画『高津川』の撮影では石見に長く滞在されていたんですよね。どのくらいいらしたんですか?

甲本さん:『高津川』の撮影中、1か月弱益田に滞在していました。その後にも映画の完成挨拶で、行きましたね。その間に、益田に住むさまざまな人たちと出会えました。屈託のないフレンドリーな人が多くてですね、最終的には地元の人たちと仲よくなりました。

どんな交流があったんですか?

甲本さん:お弁当を作って差し入れてくれた方があって「誰 が作ったの? え、お弁当作れんの? あ、そうか、あなた弁当屋さんだったっけ」とか。地元の女性が、道路の向こう側で大きな動きをしながら話そうとするもんだから「ジェスチャー大きすぎ」って大笑いしたこともありました。あれもこれもとくれようとする方には「ありがとう、ありがとう……って、もういいから!」ってノリツッコミしたりね(笑)。いつもジョークを言い合って笑っていました。僕は誰にでもそんな感じじゃないんですよ? いつから、こんな風に言えちゃう関係になったんだろう?って思うくらい。気がついたら入り込ませてもらっていた。

素敵な関係ですね。益田に入るときに気をつけたことはありますか?

甲本さん:僕はよその街に入るとき、「よそ者です」っていう気持ちだけは忘れないようにしようって思っていて。新参者でなく、よそ者。お邪魔させてもらっている感覚です。だからこそ、向こうから話しかけてもらったときってめちゃくちゃ嬉しいんですよね。石見の人は、自然体に受け入れてくれました。明るいですよね。山陰という「陰」の字が似合わないような印象があります。

高津川の風景。吉賀町を水源に益田へと流れる、ダムのない一級河川。清流日本一に何度も選ばれ、映画『高津川』でもその美しさが印象的に描かれている。

それ、わかる気がします……!

甲本さん:実はこれって高津川とも、関係があるんじゃないかと思ってるんです。嫌なことや腹立たしいことがあっても、高津川を見ると「ああ、きれい」って言っちゃうもの。ダムのない清流・高津川は透明度が高くて、こんなに澄んでいるのが続いている川って、なかなかないぞって。どこから見ても美しいんですよね。川や自然に対して日常的に感じているものが、人の気持ちや性質に影響することってあるんじゃないか、と考えたことがあって。それが石見の人の気質につながっているんじゃないかなと。

観光地化されていないから
刺激を受けるのかもしれません

益田の印象はいかがでしたか?

甲本さん:島根県は横に長い。松江や奥出雲という東のエリアには行ったことがあったんですが、西側の石見地域には、映画の撮影で初めて訪れました。東と西で雰囲気が違うことに驚きましたが、それが島根県の面白さでもあるなと。僕は歩くのが好きなので、益田ではあちこち散歩してまわっていました。益田って一本路地を入ったところでお囃子が聞こえてきたりするんですね。日常的に石見神楽の練習をしているんです。おお、こんなところに神社が、という具合に突然出合うんですよね。石見神楽は誰でも自由に見ることができて、ふらっと行って体感ができる。常にエンターテイメントをしている街だと感じましたね。

常にエンターテイメントをしている街。たしかにそうですね!

甲本さん:路地から路地を好きに歩いていると、迷います。注意するのは駅前の踏切ですよ。ここで踏切渡っとかないとずっと向こう側にはたどり着かない、みたいな場所もありますから。そうやって迷子になって、街の人に道をたずねる。なぜか聞きやすいんですよね、益田の人って。そういうことをくり返して、日常に馴染んでいくというか。観光地化されていないところだからこそ、刺激を受けるのかもしれないです。今は「困ったら踏切をこえろ」って、人に教えるくらいには駅前には詳しくなりました(笑)。

益田駅そばの街並み。駅の裏手の飲食店街「新天街」は夜になればネオンが輝き賑わいを見せる。

実際に歩きまわった人しかわからない情報ですね(笑)。益田ではどんな風に過ごされていたんですか?

甲本さん:益田では、より人々の日常を体感したかったこともあって、パチンコ屋に行ったり、地元のスーパーのキヌヤで惣菜を買ったりしました。「チクショー、すったー!今日は安い惣菜買って帰ろう!」って(笑)。撮影が休みの日は、とりあえず「栗栗珈琲」さんへ。行けば、誰かに会えるんですよね。地元の人たちが「おお」って挨拶してくれる。いつも注文するのはエチオピア・モカ。決まってるんです。決まってるんだけど、毎回店員さんに「酸味のあるやつありますか?」って聞いちゃう。おしゃべりをしたいんだと思います。人気店なので、ランチの時間を避けて行くと、ショーケースにはケーキが数種類しか残ってなくて。栗栗珈琲さんのケーキの全貌は、今も気になってます。

もはや地元の人なんじゃないかと思ってきました(笑)。

甲本さん:もうひとつ、いいなあと思うのが、街にゴミが落ちてないってこと。駅前も特別な清掃員の方がいるわけではなさそうなのに、きれいなんですよね。街の人たちがそれぞれ掃除をされているのかな。そこにこの地域への愛着、みたいなものを感じましたね。夜も静かでしたけど、真っ暗で怖いという印象はなかった。夜に街を歩いていても「ああ、気持ちいい!」っていう感じ。あ、初めて行った人は駅前にシンプルな印象をもつかもしれませんが、違いますよ……(笑)。信号を渡ったところにあるコンビニの裏手がいわゆる繁華街ですからね。「赤玉」みたいなネオン輝くキャバレーもあれば、飲食店もたくさんあります。駅前のジャズ喫茶「まるふく」は、店の外と中に入ったときの印象が違っていて、気に入ってよく行っていました。

栗栗珈琲のホットコーヒー。産地や農園から厳選した高品質の豆を自家焙煎。1杯ずつハンドドリップで淹れてくれる。

駅裏の飲み屋街の夜。ノスタルジックなキャバレー「赤玉」は隠れた人気スポット。

赤玉! ディープですね……! 他に気になるスポットはありましたか?

甲本さん:映画館「Shimane Cinema ONOZAWA」さんは、撮影中から気になっていました。石見地域には映画館が一軒もないと聞かされていて、復活すればいいなあと思っていたので、オープンが決まったと聞いて、それはもう嬉しかったです。オープンしてからも行きましたよ。あそこの佇まいがいいんですよね。あれ?カラオケ屋で、こっちはゲームセンター。あ、ここかと思って入ってみたらホテルのフロントに出ちゃった……! フロントの人に「映画館はあっちです」と教えてもらってたどり着く、という。「ここです!」という主張があんまりない場所。地域に寄りそった映画館らしさを感じましたね。

2021年にオープンした島根県西部唯一の映画館Shimane Cinema ONOZAWA。2008年まで営業されていた映画館の内装を生かした重厚な設え。

Shimane Cinema ONOZAWAのある小野沢ビル入口の階段。レトロなビルの中にゲームセンターやカラオケやホテルなどが並ぶ。

館長は東京でミニシアターの支配人をしていた和田浩章さん。益田出身の妻、更沙さんとともに、石見に移住し映画館を復活させた。

館内の壁には甲本さんや映画『高津川』クルーのサインが。

石見は予期せぬサプライズが
たくさん散りばめられた土地

どうやって街の中に入り込んでいくんですか?

甲本さん:旅をするとき、「何もしない」という感覚を大事にしています。目的を持たずに、街に入る。猫も犬もよしよししようとして近づくと、逃げていくことがあるじゃないですか。それと似ているというか。

目的を持たない旅、ですか。

甲本さん:例えば、益田でいただいたメロンがめちゃくちゃ美味しかったんですよね。アムスメロンって言うそうなんですけど、こっちは特に情報を持っていないし、美味しいメロンをめがけて行ってもいない。ただお邪魔しますと入っていくと、ぽろっと出されたメロンに感動する。

アムスメロン……!

甲本さん:変に期待をしないで「何でもないな」というニュートラルなときって、実は一番何かを感じとれると思うんですよね。石見は、そういう予期せぬサプライズがたくさん散りばめられた土地だと思います。

石見の人たちの言動を演技にとりいれたことはありますか?

甲本さん:出会った人たちにヒントをもらっていた気がします。歩きながら会話をしているときに、相手の方の歩く速度がだんだんゆっくりになって、最終的に立ち止まったんですよ。信号もないのになんでだろう、と思いながら話を聞いていると、一通り話し終えたところで「甲本さんの好きそうな路地がここにあるからね」って、新しい話題への「フリ」をその場で伝えたかったみたいなんですよね。

目に浮かびます(笑)。

甲本さん:でしょ(笑)。歩幅が変化するときとか立ち止まって話すときって、そういうことかと思いましたね。益田で泊まっていたホテルの窓から、街の人たちを観察したこともあります。あの人、なんで立ち止まったんだろう?って見ていると、その時はわからないんだけど、あとから「あのおじさんはこれが言いたかったんだね」と、わかることもある。

あとからわかること、ですか?

甲本さん:何もかもに気づいて生きてないじゃないですか、人って。「これを言うために立ち止まっているんです!」なんて普段は感じてないですよね。でも、役者はセリフに書かれていないことまで全部感じたうえで演じなくてはいけない。カメラに写っているものがすべてだと思ってしまいそうだけど、そうじゃないんですよね。目に見えないけど大切なこと、その瞬間に伝わらなくていいものってたくさんある。自分の言いたかったことでさえ、じわじわとあとからわかることってあるんだと。地元の人たちと話していると、そう思わせてもらいましたね。

益田駅前の街並み。

飛び込んで発見するから
でかいものが残ると思うんです

石見へ初めて行く方へ、おすすめの旅の方法はありますか?

甲本さん:直接行ってみて感じてもらうことが大切だと思うんですよね。高津川も石見神楽もそうですけど、実際に体感してもらわないとわからない。受け取る感覚も人によって違うわけですし。ただ、それを商業的にもっていかない美しさが、石見にはある。だからこそ、映画館のONOZAWAさんのように奥ゆかしい文化も生まれるというか。ひっそりと、でも堂々たるデビューをしている。空港もそうでしょ。だって、「萩・石見空港」って島根にあるのに、なんで萩が先なの? って思いません? 石見・萩空港でもいいはずなのに(笑)。

島根県の担当者が喜びそうです(笑)。

甲本さん:今はどこからでも検索でなんでも調べられるからこそ、検索できない場所に行ってみよう、と。自分で発掘して、発見する楽しさがある旅って面白いと思うんですよね。僕自身も映画を撮るまで高津川を知らなかったわけだから。高津川を上から下へと辿ってみる。そうすると「ああ、きれいだった……」って心に色濃く残るんですよね。街中を散歩するだけでも、ひとつひとつが濃く残っているんです。言葉にしたり、数値化したり、わかりやすさが全面に出ていないからこそ、内面にでかいものが残るんだと思うんですよね。飛び込んでいったからこそ、でかくなったのかな。今も、石見の人たちの顔がたまに浮かぶんですよね。

Photography Yuri Nanasaki
Text Azusa Yamamoto
Editing Masaya Yamawaka

この記事で登場した場所

高津川

栗栗珈琲(クリクリコーヒー)

〒698-0025
島根県益田市あけぼの西町8-6
TEL 0856-22-7870

Shimane Cinema ONOZAWA

〒698-0027
島根県益田市あけぼの東町2−1 3F
TEL 0856-25-7577

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