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最高の野菜を求めて有機農の聖地へ
Shogoさんと旅する石見・吉賀町
モデル Shogo
「おいしい野菜を求めて訪れたら、生き方を考え直す旅になりました。僕が出会った石見は、そんな深い魅力と学びのある場所でした」
今回の石見への旅を振り返ってそう話すShogoさん。東京を拠点にファッションモデルとして数々の雑誌や広告に出演。そのかたわら山梨県で畑を借りて自ら野菜を育て、さらには好きが高じて農をテーマにしたプロダクトブランド<KEIMEN(カイメン)>を立ち上げるほどの“畑オタク”。
Shogo/岡田章吾
愛知県出身。自身が代表を務めるモデルエージェンシーVELBED.に所属し、ファッション誌、CM、広告などで活躍。東京と山梨県道志村の畑を行き来する生活を続ける。2021年に、都市と畑をつなぐプロダクトブランド「KEIMEN(カイメン)」を設立、ディレクターを務める。大の日本酒好き。
「農の世界に関わる方って面白い考え方の人が多いんです。僕自身野菜づくりを始めて、畑で出会う方に刺激をもらうことが増えたし、今まで畑や農作業に縁のなかった人にも、この面白さを知ってもらいたいって。そう思ってKEIMENを立ち上げて、農家さんに取材したり、服や農具を作ったりも始めて。何より、丁寧につくられた野菜は本当に美味しいですし、気づいたらどっぷりハマってました(笑)」
東京から90分の空の旅
美しき山村の有機王国へ
普段から農にまつわる人を訪ねて各地へ足を運んでいるShogoさんですが、石見への旅は初めて。しかし、実は今回の目的地吉賀町は、以前から気になっていた場所だとか。
「石見や吉賀町の噂は聞いてたんです。島根にゆかりのある友人も多いので。有機農業が盛んだったり、昔からのお茶づくりの文化が残っていたりと知って、いつか行きたいって思っていました。ただ島根県の端にある山村って聞くとだいぶ遠い感じがして……なかなか機会がなかったんですよね。でも今回羽田から訪れてみて印象が変わりました。『想像より近い!』って、アクセスの良さにびっくりしました」
Shogoさんが驚くのも無理なかれ。羽田空港から萩・石見空港までは90分の空の旅。今回の目的地・吉賀町までは空港からレンタカーで1時間足らず。朝の便で羽田を出れば、お昼前には余裕で到着。東京から日帰りもできてしまう、実は首都圏から行きやすい旅先なのです。
車を走らせ訪れたのは吉賀町の柿木村地区。約40年前から地域ぐるみで有機農に取り組んできた稀有な土地です。その土地柄から、各地から若い世代が移り住んだり、海外から大学生たちが視察で訪れたりもする場所。辺境の山村ながら、食や暮らしの感度の高い人たちの注目を集める、密かにホットな場所なんです。
「本当にきれいな場所ですね。山の間に昔ながらの民家がポツポツと並んで、棚田があって畑があって。そんな農村の風景の中に、実際に暮らしている人たちがいるのがすごいです。人の活気がちゃんとあるっていうか。こういう“理想的な日本の田舎”みたいな風景って、はじめて見たかもしれません」
そんな原風景と言える景観が残るのは、決して偶然ではないんです。吉賀町で有機農運動が始まったのは今から40年ほども前。当時は大量生産・大量消費の時代の中、農業も市場価値を優先した大規模農業が主流。そんな中で柿木村は、農薬や機械に頼らない持続可能な農業を選んだのです。目先の経済発展より100年先の豊かさを思い描いた決断。そんな歴史と、土地に暮らす人々の営みが、昔ながらの美しい農村風景を現代に残しているのです。
最初にShogoさんと訪ねたのが、吉賀町で有機農業を営む福原圧史さん。柿木村有機農業研究会の会長を長年務め、この地の有機農運動を牽引してきたキーパーソンで、福原さんに憧れ移り住む若者も多いそう。
春菊、水菜、青大豆に黒大豆、大根に白菜……つぎつぎと採れたての野菜を見せてくれる福原さん。年間70品目もの作物を育てると聞いてShogoさんも驚きます。多品種の作物を少量ずつ育てて、1年を通して自分の食べ物を自分でつくる。そして余剰分を販売する。それが福原さんが提唱してきた、この地の農のあり方です。
「農薬もハウスも使わず、有機でこんなにきれいな畑を作るってすごく難しいと思います。野菜も本当にきれいで、すごいです。それに柿木村地区では学校の給食も地域の有機野菜を使っていると聞いて驚きました。素晴らしい環境ですよね」
「食べものと経済を一緒にするから、おかしくなるんです」と、福原さんから気になるひとことが。曰く、市場価値を高めようと野菜の旬をズラせば、農薬やビニールハウスの力を借りる必要が出てくるそう。自然と共生するように旬の時期に土地にあった作物を育てれば、美味しくて栄養のある野菜ができると、福原さんは言います。「農業は暮らしです。お金だけ、今だけ、という考えでは無理が出ます」と福原さん。Shogoさんも「福原さんの暮らしは理想です」と目を輝かせます。
「都会だとお金を出せば大抵の食べ物がいつでも手に入りますよね。それは便利ですけど、旬や季節の移り変わりを感じにくかったり、土と離れすぎて生きる実感や手触りみたいなものが感じにくかったりする面もあると感じます。福原さんのように農と暮らしが一体になった暮らし方って理想ですし、めちゃくちゃ憧れます」
最後に嬉しそうに、小豆を見せてくれた福原さん。育てた小豆で正月のあんこを炊くのが毎年の楽しみなのだそう。「有機農は遊びが大事。日々の暮らしのことですから、肩肘はらず楽しむことが大切です」と、またやグッとくる言葉。金言だらけの福原さんとの出会いに胸を打たれ、次の目的地へ。
都市から移り住んだ
夫婦が営むかわの農園
続いて訪ねたのは、夫婦で有機農業を営む「かわの農園」。広島出身の雅俊さんと、横浜出身で前職では東京でファッションデザイナーをしていた梨恵さん。それぞれ、野菜づくりの環境を求めて吉賀町に辿り着いたと言います。
「東京では忙しく不規則な生活で、『このまま定年まで働くのかな』って不安に感じたんです。それもあって食に関わる仕事に興味が出て、農業を目指したんです」(梨恵さん)「僕は高校生の頃から有機農家に憧れていて、理想の環境を探して吉賀町へ来ました。町内の別の場所で農家を始めた彼女と出会って、今はふたり一緒に美味しい野菜を作ろうと楽しくやってます」(雅俊さん)
かわの農園では農薬や化学肥料を使わない有機農法で野菜を育て、ローカルスーパーの「キヌヤ」や、益田市内のホテル「MASCOS」のレストランなど、地域のお店へ卸しています。そんなふたりが感じる吉賀町の魅力はその環境。土と水と空気がきれいで、個人規模の有機農家の文化が根付いている。そんな場所は日本全国でも珍しいそう。
「有機って野菜だけでも大変なのに、河野さんたちはお米やきくらげもやっていてすごいです。倉庫や道具も綺麗に手入れされているのも印象的で。仕事の丁寧さが垣間見えます。そうした人柄って、作る野菜に出るんですよね」
かわの農園のふたりに個人的ベスト野菜を聞いてみると、雅俊さんは「冬のカブの刺身」、梨恵さんは「夏のキュウリのまるかじり」とのこと。Shogoさんもふたりがつくる野菜の美味しさに感動したようです。
「河野さんたちの野菜は味がすごく濃くてそのまま食べて本当に美味しいです。おふたりの日々の努力と、有機農の歴史ある土地に受け継がれてきた知恵が、この美味しさにつながってるんだなって感じます。こうして作る方のお話や思いに触れてから野菜を食べると、よりおいしく感じるんじゃないかなって思います」
まるで有機野菜の美術館
「草の庭」で野菜の滋味を知る
最後に訪れたのは、吉賀町内にあるカフェレストラン「草の庭」。その店名にもなっている美しい庭と、築120年を超える古民家をリノベーションした空間で、地域の有機野菜を使った料理が楽しめます。
「草の庭」の開業は1996年。テーブルコーディネーターやケータリングなどで活動していた花崎訓恵さんが空き家を改装し、地元の食材を使ったカフェレストランとしてオープンさせました。現在、調理を担当するのが花崎さんの娘である雪さん。吉賀町生でまれ育ち、子どものころの夢は有機農家という筋金入りの野菜好きで、自ら野菜を育てながら厨房に立ちます。「料理するというより、野菜を食べやすくしている感覚なんです」という雪さんの言葉に、野菜への深いこだわりが滲みます。
野菜はすべて近所の生産者さんや雪さん自身が育てた吉賀町のものを使い、調理は蒸したり焼いたりとニマルかつシンプル。口にはこべば、野菜本来の複雑な味わいがじわりと染みわたります。
「ひとつひとつの野菜の味がしっかりと感じます。甘味も苦味もあって、噛むほど野菜の個性やキャラクターが際立ってくるような気がします。めちゃくちゃ美味しいです」
「この空間にいるだけで、自然とゆっくり丁寧に味わいたい気持ちになります。庭の緑が鮮やかで、家の中に差し込む光もきれいで、ずっと眺めていたくなります。ゆっくり対象に向き合わせる。そんな力がある場所だって思いました」
野菜のカットが大きめなのは、「ボリボリ、ゴリゴリと噛みしめながら野菜の味を噛みしめてほしい」という雪さんの思いから。ひとつひとつの野菜の味に向き合いながら、ゆっくり丁寧に味わっていく。草の庭の料理の主役はあくまで野菜。お皿に盛られた野菜という作品を鑑賞するような、食べる以上の体験がここにはあるのです。
雪さんに野菜をおいしく食べるコツを聞いてみると、“調理はシンプルに”とのお答え。例えば春なら春キャベツを塩揉みして油をひとかけ。油や塩で味わいが大きく変わるので、調味料はいいものを使うようにするのがポイントだそうです。ちなみに草の庭では調味料の購入もできるので、旅のおみやげにぴったりです。
野菜の作り手の思いにふれて、レストランで野菜の料理をゆっくりいただく。そんな吉賀町への野菜旅でShogoさんは美味しさ以上の刺激を受けた様子。
「土地のことを知ってその土地の新鮮な野菜をいただく、贅沢な体験でした。都市にいると特別なことだって感じますけど、昔はあたり前だったんですよね。今回出会った福原さんは『昔はみんな兼業農家、食べ物は自分で作って、木炭や椎茸、わさび、栗などの山の恵みで暮らしていました』と話してくれました。最近は企業でも兼業推奨が増えてきたように、現代の僕たちが目指す生き方って、昔の日本に当たり前にあったのかなって思ったり。そういう暮らしが美しい風景の中に残っていることが、石見や吉賀町の魅力でもあると感じます。今回は本当に学ぶことだらけでした。自分の暮らしも頭を柔らかくして考え直さないと……!」
農村の原風景と美味しい野菜に会いに90分の空の旅で、石見へ訪れてみませんか。おいしい料理に出会った先で、これからの暮らしや生きかたのヒントにきっと出会えるはずです。
Photography Yuri Nanasaki
Edit & Text Masaya Yamawaka
Shogoさんが選んだ萩・石見旅のおみやげ
「草の庭」の自家製無添加マヨネーズ
ふわふわの食感がやみつきになる、一番搾りのなたね油で作った無添加マヨネーズ。「食感も味も普通のマヨネーズと全然違うんですよ。野菜にかけてもいいですし、何に合わせてもめちゃくちゃ美味しいです」(Shogoさん)
「ジュテンドー」の草刈用エプロン
石見地域が発祥の日本初のホームセンター「ジュンテンドー」で買える、草刈り用のエプロン。「かわの農園さんで見て気になって買いに行きました(笑)。ポイントは色ですね。これくらいポップなデザインのもの、なかなかないんですよ」(Shogoさん)
この記事で登場した場所
かわの農園
河野さん夫妻が営む有機農園。清流で知られる高津川流域で、美味しい野菜作りに取り組む。生産した野菜は地域のスーパーやレストランなどを中心に販売。
島根県鹿足郡吉賀町柿木村木部谷 268
お問合せ先:kawanofarm@gmail.com
キヌヤ
萩・石見地域を中心に複数店舗を展開する、地元愛に溢れるスーパー。かわの農園や福原さんの野菜、草の庭のお菓子などの他、店舗ごとにそれぞれの地域の生産者による野菜や食品を多数扱う。
MASCOS BAR&DINING
益田駅近くのクラフトホテル「MASCOS HOTEL」1階のバー&ダイニング。ランチ、ディナーとも宿泊者以外も利用可。かわの農園の野菜のほか、地元の新鮮な食材を使った料理が楽しめる。
島根県益田市駅前町30-20 MASCOS HOTEL 1F
0856-25-7709
https://mascoshotel.com/
草の庭
吉賀町にある築120年の古民家のカフェ・レストラン。地元柿木村の有機の食材を使ったランチのほか、天然酵母を使った自家製パンや焼き菓子も人気。
島根県鹿足郡吉賀町沢田20
0856-77-1536
https://www.kusanoniwa.net