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[後編]写真家・七咲友梨さんと世界遺産の町・温泉津へ
温泉街の新たな一面に出会う

写真家 七咲 友梨

前回、世界遺産の町「温泉津(ゆのつ)」で、陶芸の窯元と夜神楽を訪ねた写真家の七咲友梨さん。日々の暮らしの中に受け継がれる人の営みに触れた前編に続いて、今回は温泉津エリアに生まれた新しいカルチャーやスポットを訪ねます。

七咲友梨(ななさき・ゆり)
島根県出身。写真家。20代で役者としてデビューし、映画や舞台、ドラマなどで活動後、写真家に転身。演劇で培ったメソッドを活かし、雑誌や広告などで活躍。映像作家として映画やMVの撮影も手がける。東京を拠点に、故郷の島根や国内外各地の風景や暮らしを訪ね作品制作を続ける。作品集に『No where, but here』、『朝になれば鳥たちが騒ぎだすだろう』、『どこへも行けないとしても』など。

地元の人と旅人が行き交う
シェアリングキッチン

まず訪れたのは、温泉津のメインストリートに2021年にオープンした「WATOWA」。古民家を改装し生まれた、ゲストハウス、コインランドリー、キッチンを併設した複合的な施設です。特筆すべきは、各地から訪れる個性的な料理人たちが期間限定のポップアップスタイルで料理を提供する “シェアリングキッチン”。この日のランチは、月に2回開かれる地元のお母さんたちによる食堂の日。地元食材を使ったお母さんたちの手料理が楽しめる人気のイベントです。
 
「その土地の日常の味って普通の旅ではなかなか辿り着けないです。旅行中って外食が多くなりますし、家庭料理が食べられるのは嬉しいです。あっ、ナスの辛子漬け。大好きなんです。ディナーでは、県外の料理人の方が地域の食材を使った料理が食べられたりするみたいですしし、日や時期を変えてまた来てみたいです」

毎月第1と第3土曜日に開かれる人気の「じーばーの店」。地元のお母さんたち自慢の手料理が楽しめる。
この日のランチ定食。栗ごはんや漬物にデザートまで手づくりの丁寧な味わい。

店先ではお母さんが畑で作った朝採れ野菜や手作りお惣菜の販売も。地元の人や旅人が入り混じり、立ち話にも花が咲きます。
 
「人が集まるとわくわくするエネルギーが生まれますよね。WATOWAは地元の人と旅で訪れた人の接点になっていると感じました。観光地をめぐるだけじゃなくて、地元の人と話せると特別な旅になりますよね。地元のお母さんたちも人との出会いを楽しんでいる感じが素敵です」
 
WATOWAのゲストハウスはグループや家族で貸し切れるドミトリーと、和室が2室。コインランドリーを作ったのは、長期滞在して温泉津を楽しんでほしいというオーナーの思いから。長く滞在して人との出会いの中で自分なりの旅を見つけるのもおすすめです。

地域の新鮮な野菜やお花、漬物などを店先で販売。あっという間になくなるほどの人気。

足を伸ばして
美しき和庭園を訪ねる

温泉津駅からレンタカーで約20分。江津市の山あいに、七咲さんが以前から訪れてみたかったという一軒のカフェがあります。
 
「古民家を改装したカフェができたことは以前から聞いていたんです。お庭や空間が素敵だって評判で、温泉津に行く機会にぜひ訪ねたいって思っていたんです」

古民家を改装した天井の高い空間。窓からは店名の由来でもある美しい和庭園を望む。

カフェ&ベーカリー「蔵庭」は、大きな古邸をリノベーションした空間に、ベジタブルキッチン「kuraniwa」と、ベーカリーショップ「tsumugi」が同居した人気店。天井の高いひろびろとした土壁の空間には、古い調度品や流木を使った装飾など手の込んだ内装が施されています。聞けば参加型ワークショップの形でスタッフや地域に暮らす人たちの手で作られたそう。

カウンターを飾るモザイクタイルは、元の古民家にあった古い陶器の破片からつくられたもの。
古民家で使われていた家具や流木などを利用した空間。
木の棒を敷き詰めた壁が印象的な玄関。地元江津市のデザインオフィスによる空間ディレクション。

「空間のいろいろなところに工夫が見えるし、きょろきょろしちゃいます。買ってきたものをただ置くんじゃなくて、自分たちの好きなものや古くて素敵なものを選んで、手を動かして空間を作っていった感じがする。こういう場所に来ると、創作意欲が湧いてきます」
 
そして七咲さんが目を奪われたのが、店名の由来でもある美しい和庭園。
 
「外に出てお庭を歩いてみたら光がきれい!乱反射した光のつぶが踊っているみたい。瓶に雨水が溜まっていたり、水を感じる庭ですね。じめっとしているんじゃなくて、みずみずしい。植物に過度に手を入れすぎていないのも、自由なエネルギーを感じて好きです。森と庭のあいだみたいな雰囲気ですよね」

オーナー夫妻の「体にいいものを食べたい」という思いがkuraniwaのコンセプト。

「甘いものに目がなくて、美味しいとあっという間に食べちゃうんです(笑)。でも、『蔵庭』は空間が気持ちいいから、ゆっくり味わう気分になります。体にいい素材を使っていることがわかるし、 “おいしいね”ってみんなでわいわい作っている様子が想像できる。キッチンから楽しそうなおしゃべりが聞こえてくる、そういう雰囲気のお店って大好きです」

七咲さんが撮影した「蔵庭」の写真

温泉津に生まれた
話題のサウナ&スナックへ

サウナ、カフェ&スナック、ショップ&ギャラリーを併設した「時津風」。2022年オープン。

再び温泉津温泉街の中心部へ。次に訪れたのは全国のサウナ好きの間で注目を集める「時津風(ときつかぜ)」です。2022年にオープンしたこちらは、完全予約制のサウナ、カフェ&スナック、ショップ&ギャラリーを備えた複合的なスペース。空間やデザインにこだわったサウナが各地で注目を集めていますが、ここ「時津風」では、温泉津の文化や歴史を取り入れたサウナ体験ができます。

里山再生のために間伐した竹や木を使った内装。
「時津風」を運営する合同会社里山インストールの戸倉さん。

「時津風」建物は、かつて遊女宿やスナックとして使われていた古民家をリノベーションしたもの。里山の木や、石見伝統の赤い「石州瓦」を使い、モダンながら伝統を生かした空間を生み出しています。

地域内外の作家の展示や商品を取り扱うショップ&ギャラリー。この日は石州瓦の展示を開催。

「中に入るとすごく奥行きがあってびっくりしました。サウナは開放感があって気持ちいですね。サウナ室では恵比寿さまから蒸気が出ていたり、いちいち仕掛けが楽しい(笑)。サウナ大好きな人が理想を追求して作ったことが伝わります」             
 
時津風のサウナ内で一際目を引くのが、石州瓦とコラボレーションした恵比寿様のサウナストーン。熱い蒸気が室内を満たします。「サウナ室の温度は約50度ですが、汗がドバドバ出ると評判です」と、時津風を運営する合同会社里山インストールの戸倉さん。

石州瓦を使ったサウナ室。自然光が入る天井の低めの空間はリラックス度大(写真:時津風提供)。

サウナ室にも設えられている、石見神楽でお馴染み恵比寿様モチーフのサウナストーン。

熱いサウナのあとは水風呂へ。15℃以下に保たれた清潔な水が心地いい。

山から吹く風を楽しめる屋外スペース。石見焼の水瓶やレトロな壁面など内装も楽しい。

サウナの後はカフェスペースへ。週末の夕方になるとスナックに様変わりし、オリジナルのクラフトビールやカラオケも楽しめます。ところで七咲さん、どうしてカウンターの中に?
 
「ゲストママ制度があって、旅で訪れたゲストがカウンターに立つこともあるらしいんです。せっかくなので私もママ体験(笑)。お客さんとして来るのも楽しいけど、迎え入れる側で旅の1夜を過ごすって特別感があります。ぐっと深くローカルのコミュニティに飛び込むのも旅の醍醐味ですよね」

サウナ後のビールは至福。ここでしか飲めないオリジナルのクラフトビールも。
カフェ&スナックでは温泉津産の夏みかんで醸したペールエールなど、地域のクラフトビールが楽しめる。

七咲さんが撮影した「時津風」の写真

カメラを持って
温泉津の風景を味わう

サウナと湯上がりのビールですっかりいい気分。カメラ片手にふらり街歩き。七咲さんは温泉津の街を写真に収めていきます。
 
「温泉津は昔ながらの風景が残っていて、暮らしの中で生まれた落ち着きみたいなものを至る所に感じます。時間をかけて風合いの出た木や、苔むした石、錆びた金具とか、細かなことかもしれないけど、そうした細部の集合がこの街の雰囲気を作っていると思います」

「宣伝の看板や商業的なものが少ないですし、メインストリートに入る光がすごくきれいなのもいいんですよね。振り返ると逆光がきれだなあとか、壁に映る影がいいなあとか。カメラを持って歩くのが楽しい場所です。温泉津はこれからも面白く変わっていくはずですし、好きな場所や人を訪ねては街の変化を見ていくのも楽しみです」

七咲さんが撮影した温泉津の写真

伝統的な手仕事や芸能が今に続く温泉津。そして一方では新しいカルチャーや店が生まれている。そんな温泉津を巡り、七咲さんは何を感じたのでしょうか?
 
「昔ながらの場所を訪ねるのもいいし、新しい場所で刺激を受けるのも楽しいし、それぞれ魅力がありますよね。古くからの伝統と新しいカルチャー、どちらも体験できるのは温泉津の魅力かもしれません。各地に小さな温泉街はありますけど、温泉津は伝統的な街並みを舞台に新しいお店が増えていて、この先もっと面白くなる気がします。そういうエネルギーのある場所では想像力が働きますし、積極的に発見や出会いを楽しもうって思えるんですよね」

Photography Yuichiro Iwatani(snap)  
Editing & Text Masaya Yamawaka

この記事で登場した場所

WATOWA

島根県大田市温泉津町温泉津ロ19-1
TEL 090-9349-6558

蔵庭|KURANIWA

島根県江津市松川町下河戸1-1
TEL 0855-57-0100

時津風

島根県大田市温泉津町温泉津ロ23
TEL 0855-52-7402

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