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赤瓦の街へ。
カーリー・クシュケさんと石州瓦を巡る旅
【グラントワ編】

左官職人/設計士 カーリー・クシュケ

その建物を目当てに、国内外の建築好き・アート好きがわざわざ旅をする。そんな旅の目的地になる建築が、島根県西部の石見地域にあります。赤い「石州瓦」をまとった外装で知られる文化施設<グラントワ>。今回はその魅力に触れるため、南アフリカ出身の左官職人/設計士カーリー・クシュケさんと旅をします。

カーリー・クシュケ 
南アフリカ出身の左官職人であり設計士。南アフリカの大学で建築設計を学んだ後2018年に東京へ留学。早稲田大学大学院で建築設計を学び、卒業後は東京・千駄木の「原田左官」で左官職人に。現在は独立し、東京を拠点に左官の知見を生かし建築設計の仕事に携わる。

羽田空港から萩・石見空港までは飛行機でおよそ90分。朝に東京を出ればお昼前にはグラントワに到着。「飛行機からの眺めもきれいで、あっという間の移動でした」と、空の旅を振り返るカーリーさん。

「石見は初めて来ました。東京からたった1時間半で全く雰囲気の違う場所に来られるんですね。空が広くて静かで、空港を出た瞬間にほっと安心しました。ピカピカした東京とは真逆の世界に来たみたいです」

28万枚の赤瓦で覆われた巨大建築「グラントワ」

萩・石見空港から10分ほど車を走らせると、市街地に目を引く赤い建造物が現れます。こちらが今回の目的地である島根県芸術文化センター「グラントワ」。愛称である「グラントワ」はフランス語で“大きな屋根”という意味。赤い瓦の大屋根のもとに、ミュージアム<島根県立石見美術館>とシアター<島根県立いわみ芸術劇場>が一体した、全国でも珍しい複合施設です。

建築を手がけたのは内藤廣さん。4つの展示室を持つ美術館と大小ホールを備える劇場が、45m角の広々とした中庭を囲むように配置されている。

石見地域の芸術文化拠点として2005年に開館。海外や国内の有名作家や地元出身の若手芸術家など、さまざまなアーティストと連携し、美術、音楽、演劇などの鑑賞機会を作ってきました。地域の人に開かれた場を目指し、ワークショップや無料の音楽会やお祭りなど、さまざまな取り組みを行っています。

「初めて来たのに懐かしさを感じます。南アフリカの赤い土やタイルを思い出させるからかもしれません」とカーリーさん。彼女の郷愁を誘う赤は、石見地域で400年以上作り続けられる屋根瓦「石州瓦」の外装によるもの。 “赤瓦”の愛称で親しまれ、石見の風景を構成するアイコニックな存在です。その石州瓦を28万枚も使い建物を包み込んだグラントワの建築は、驚きと称賛を込めて受け入れられたといいます。

「南アフリカやヨーロッパでも赤い瓦は使うんです。イタリアやフランスの古い街並みも赤い瓦屋根のイメージがありますよね。でも屋根から壁や床まで瓦で包み込んだ建物は初めて見ました。石見に伝わる赤瓦を使っているのが素晴らしいですよね。地域の職人と一緒に作っていることが伝わります。瓦の外装には機能的なメリットもあるのでしょうか」

カーリーさんが予想したとおり、石州瓦の外装には耐久性という大きなメリットがあります。石州瓦は温度変化や水にも強く石見の気候に適した素材。高温で焼き締めるため非常に硬く、その高耐久は現代的な素材ではありえないほど。そんな石州瓦を全面に使ったグラントワの外装は基本的にメンテナンスフリーで、数百年先も現在の美しい状態を維持できると言われています。

「オープンして以来、取り替えた瓦は28万枚中たった6枚と聞きました。掃除も補修も必要なく、18年経ってもこんなにピカピカと光っているなんて驚きます。伝統的な素材でメンテンナンスフリーと、サスティナビリティの視点からも優れていて、しかもこんなに美しいなんて」

時間と共に色を変える、石州瓦の赤の秘密

「瓦をよく見ると普通の赤とは違いますね。青みがかった不思議な色です」とカーリーさん。複雑な色味は、石州瓦のガラス質の表面が光を受けて生まれる光彩の影響で、天気によって色合いが複雑に変わるのです。青空の時はブルーがかり、光の角度によっては金色に輝き、夕暮れ時はわずかに緑がかるそうです。

設置から18年経った今も曇りなく輝く石州瓦。最低100年、うまくいけば200〜300年はこのままの姿を維持できると言われる。

石州瓦の色の変化は、伝統的に屋根に使われてきた石州瓦を外壁に使ったことで初めて発見された特質だといいます。偶然の発見からグラントワは天気や時間によって刻々と印象を変える不思議な巨大建築となり、建物そのものが石見の風土や伝統を映す作品となったのです。

石州瓦の外壁。自然光の変化や天候の移り変わりや見る角度によって複雑に色合いを変える。

建物の中へ入りましょう。最初に目に入るのが一辺45メートルの広々とした中庭。誰もが無料で出入りできる空間で、中心の水盤は自由に入ってOK。夏は地元の子どもたちが水遊びし、冬にはクリスマスツリーが設置され人々の目を楽しませ、時には水が抜かれお祭りの会場に。お昼にベンチでお弁当を食べる人や、放課後は学生たちが教科書を広げ勉強する姿も。「この中庭には南アフリカと共通するものも感じます」とカーリーさん。

「一般的な建物は用途や目的を具体的に設定して考えることが多いと思います。でもグラントワは目的に縛られない開かれた空間が中心にあります。この中庭をどう使うかが、来た人に任せられているというか。そこが、土地が広くて自然が近く、開放的で広い建物が多い南アフリカと共通する感じがします。何をしてもいいし、何もせず過ごしていい。特に用事がなくても来たくなるのは建築の理想の形だと思います」

“世界一の職人技”が生きる大ホール

続いてグラントワの建物の中を歩いてみましょう。中庭を囲む回廊をぐるりと散策していると、カーリーさんが足を止めて見入る場所が。視線の先には巨大な岩山のようなコンクリートの塊。「この構造はすごいです。日本の職人だから作れたものだと思います」。

コンクリートで覆われたいわみ芸術劇場の大ホール。天井高を活かした巨大な空間。

「壁面の凸凹した形は折板構造というのですが、この巨大なサイズでこんなにも複雑なフォルムはを作るのは至難の業ですよ。型枠という職人の技術ですが、信じられないほど難しいことをしています。私は東京で左官職人の修行を積んだのですが、日本の大工や職人の技術は世界でも一番だと感じます。その技術から生まれた空間だと思います」

折板の形状が反響版の機能を持つという、造形と機能の一体化した設計に感動するカーリーさん。その音響は世界的指揮者の小澤征爾さんも絶賛した。

「型枠の木目を生かした表面の仕上げもすごい技術です。この木のテクスチャーがなかったら、もっと無機質で冷たい印象になっていたはず。職人の技術を生かした設計に感動します。赤瓦の外装も素晴らしいですけど、個人的にはこの大ホールは特にすごいと思いました」

さらに、館内のディテールにも注目

グラントワにはさらに細やかな建築的な見どころが多数あります。カーリーさんと共に館内を歩きながら細部のこだわりを見ていきます。

円形の照明は、自然光を取り込むためにグラントワのために設計された。明るさと暗さが同居する自然の森を歩くような安心感を感じる空間。

中庭に面した窓ガラスを支える十字型の柱。見通しを確保しながら強度を実現するため特注。「普通の四角い柱にしていたら、中庭を眺める人の視界を邪魔していたはずです」

外の通りから建物の中へ直線的につながる設計。町と建築のつながりを大切にする思いが現れている。

瓦の質感と赤のグラデーションが自然な印象を与える。「自然に溶け込んでいて、山の中にあっても不思議じゃない感じがします」

土地に根付いた誰もが楽しめる美術館

2005年のグラントワの開業日、建築設計を手がけた内藤廣さんが建物を眺めていると近所の人に話しかけられたそうです。「建ったばかりなのに、不思議とずっと前からある気がする」と。

「それは建築家にとっても職人にとっても1番の褒め言葉だと思います。私もいつかグラントワのように土地にふさわしい建物を作れるようになりたいです。今回グラントワに訪れて、一番好きな建築に出会えた気がします」

これまで日本はもとより世界各地の建築や街を訪ねてきたカーリーさんですが、改めてグラントワの魅力はどう感じたのでしょうか。

「建築やアートが好きな人でもそうじゃなくても、誰もを受け入れてくれそうだと思える場所でした。建築を味わうのもいいですし、展覧会やコンサートに行ってもいいし、何も考えずぼおっと過ごしてもいいんですよね。これだけ大きな規模で、地域の文化に根ざした美しい建築は、東京とかの都市ではちょっと考えられないですね。世界でもここだけのユニークな建物ですし、必ずまた訪れたい場所になりました」

建築を楽しんで、美術展やコンサートや演劇を観たり、ライブラリーで本を読んだり、カフェでランチしたり……グラントワで丸1日過ごすのも贅沢な休日です。東京から益田市まではその気になれば日帰りも可能。思い立った時が旅を始めるタイミングです。都市の喧騒を離れ、美しい石見の時間と空間に身を浸してみてはいかがでしょうか。

カーリー・クシュケさんの石見旅【暮らしと風景編】はこちら。

この記事で登場した場所

島根県芸術文化センター「グラントワ」

住所:島根県益田市有明町5-15
TEL:0856-31-1860(グラントワ代表)

Photography Yuri Nanasaki
Edit & Text Masaya Yamawaka
Assistant Sayaka Ide

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