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写真家・七咲友梨さんと世界遺産の町・温泉津へ
民藝と夜神楽、石見の悠久の時を訪ねる

写真家 七咲 友梨

東京と島根を行き来しながら活動する写真家の七咲友梨さん。旅や暮らしの中にある美しい時間を捉えた写真が人気の彼女に、今気になる場所を聞くと、世界遺産・石見銀山の一角にある小さな町「温泉津(ゆのつ)」の名前が。そこで今回は七咲さんをガイドに、知られざる温泉津の魅力に出会う旅へ出かけます。

七咲友梨(ななさき・ゆり)
島根県出身。写真家。20代で役者としてデビューし、映画や舞台、ドラマなどで活動後、写真家に転身。演劇で培ったメソッドを活かし、雑誌や広告などで活躍。映像作家として映画やMVの撮影も手がける。東京を拠点に、故郷の島根や国内外各地の風景や暮らしを訪ね作品制作を続ける。作品集に『No where, but here』、『朝になれば鳥たちが騒ぎだすだろう』、『どこへも行けないとしても』など。

島根県西部にある石見地域の玄関口、萩・石見空港。羽田空港と1日2便のルートを結ぶ。

名もなき美観を探して
石見の旅は移動そのものが魅力

萩・石見空港から目指す温泉津町までは、車で90分ほど。海沿いの国道9号線でのんびり東へと進みます。のどかな風景を車窓に眺め進むと、やがて左手に鮮やかな海が。

石見空港を出発。すぐに道から海が見える。(七咲さん提供)

実は石見は青い海と白い砂浜が楽しめるロケーションが点在する、穴場のビーチエリア。「石見には、有名じゃないけど美しい場所が多いんです。何気ない風景がきれいですし、誰もいない静かな海辺は特別感がありますよ」と七咲さん。

「山陰ってどんよりしたイメージを持たれがちですけど、島根の西エリアはからっと明るいんですよね。海沿いに行けばサーフスポットもあって、アメリカの西海岸っぽいオープンな雰囲気っていうか。荒波の日本海みたいなのを想像して来たら、驚くと思います(笑)」

江津市の波子(はし)海水浴場。遠浅の海岸で約700mの砂浜が広がっている。

名もなき美しい風景の中をのんびりと進む移動時間も、石見旅の楽しみ。忙しなく観光地をたどる旅に疲れたら、自分だけの絶景を探す車旅もおすすめです。

世界遺産の温泉地「温泉津」へ
民藝の流れを汲む「椿窯」を訪ねる

石見銀山の一角にある温泉津。旅情をかきたてる古き良き街並み。泉薬湯 温泉津温泉 元湯と薬師湯、2つの共同浴場は知る人ぞ知る名湯。

温泉津町へ到着。かつて石見銀山の湯治場として賑わったこの町は、「石見銀山遺跡とその文化的景観」の一部として世界遺産にも登録された秘境の温泉街。ノスタルジックな街並が残る中に、近年ゲストハウスやシェアキッチン、サウナ施設など新たなカルチャーが生まれ、注目を集めています。そしてこの温泉津には、七咲さんが足繁く通う窯元「椿窯」が。

温泉津焼の窯元「椿窯」。京都で作陶をしていた荒尾常蔵が温泉津に移住し、古い登り窯を改築して窯を開いたのがルーツ。

島根は民藝運動の創始者のひとり河井寛次郎の出身地であり、民藝の流れを汲む素朴で美しい焼き物文化が息づく地。民芸運動とは、手仕事の日用品に「用の美」を見出す、大正時代に起こった日本独自の運動のこと。温泉津ではそんな民藝の哲学を今に伝える、素朴で美しい「温泉津焼」がつくられています。

「温泉津 やきものの里」にある、日本最大級といわれる登り窯。温泉津は良質な陶土や釉薬が採れ、江戸時代から日用陶器の産地として栄えた地。

温泉津には3軒の窯元が立ち並び、日本最大級といわれる登り窯が美しい景観を生み出しています。今回訪ねた「椿窯」は、七咲さんが何度も通い少しずつ器を集めている窯元。河井寛次郎に師事した荒尾常蔵が1969年に京都から温泉津に移って開きました。

「椿窯」で器を眺める七咲さん。初めて訪れた9年前から何度も足を運び、器を買い集めているそう。

「最初に椿窯さんを訪ねた時、工房の壁に写真家の木村伊兵衛さんの作品が飾ってあったんです。聞くと先代の浩一さんが『若い頃、木村先生の鞄持ちをしていたんです』って。それで話がはずんで、その時は小さなおちょこを連れて帰りました。椿窯さんの器は毎日使っても飽きないんです。派手ではないけど深い美しさがあって、使うたびいいなあって感じます」

工房の壁に飾られた、戦前・前後を代表する写真家、木村伊兵衛の作品。

現在窯元を切り盛りするのは5代目の荒尾浩之さん。河井寛次郎が好んで使った青い「呉須(ごす)」や赤い「辰砂(しんしゃ)」、石州瓦に使われる「来待(きまち)」などの釉薬を使い、石見の土と水から器を作っています。

荒尾浩之さんと七咲さん。年2回の「温泉津 やきもの祭り」を前に、工房に製作中の器が並ぶ。

「私の祖父が河井寛次郎に学んだ関係で、先代の父は小さな頃から、バーナード・リーチや木村伊兵衛など、錚々たる芸術家に可愛がられて育ったそうです。父の器には、そうした環境で養われた感性が反映されていると思います。父が大切にしていたのは、器は生活の道具だということ。亡くなった今も、父の言葉がふと蘇ってきます」(荒尾さん)
 
工房の隣には、椿窯の器が並ぶギャラリーショップになっていて、購入もできます。そして驚くのが値段。こんなにお手頃でいいんですか?と聞くと「使ってもらってなんぼですから」と荒尾さん。

椿窯の工房に併設されたショップに並ぶ器たち。

「特に登り窯で焼いた器は、採算度外視の値段で出しています。まずはみなさんに還元せなあかんやろと思うんです。登り窯の火入れは年に2回。薪の火で焼きますから、ガス窯に比べて手間はかかります。仕上がりもブレますし、10個焼いても外に出せるのは1つ2つがええとこです。でも登り窯でしか出せない色があるんです」(荒尾さん)
 
高級な美術品である前に、日常の道具であること。飾るだけの器より、暮らしで使える器を。時を超えて受け継がれる思いが、椿窯の器に反映されているのです。

椿窯の器。呉須(ごす)の青の表情が美しい。小皿で2000円ほどから。

「受け継がれる歴史の中で作られたものなんだなあって思うと、わたしが生まれる前の長い時間とつながっているような感覚になれます。浩之さんは何気ない話の中深い言葉がちりばめられていますし、直接お話しを聞いて器を選べるのは贅沢ですよね。作り手の思いに触れて写真を撮らせてもらうのは、とても豊かな時間です」(七咲さん)

器を眺める七咲さん。自宅では椿窯の湯呑みや深皿を愛用している。

「温泉津には3軒の窯元がありますし、石見には他にも民藝の流れを汲む窯元が点在していて、暮らしの中で受け継がれてきた素敵な日用の器がたくさん作られています。石見や山陰の窯元をめぐる旅も楽しいですし、自分の視点で好きなものを発見する感覚が楽しめると思います」(七咲さん)

七咲さんの撮影した「椿窯」の写真

闇夜に浮かぶ絢爛のエンターテインメント
幻想の石見夜神楽を訪ねる

次に七咲さんと訪れたのは温泉津の中心部にある龍御前神社で行われる石見神楽。石見神楽とは、古くから石見地方に伝わる伝統芸能。神話をもとにした明快なストーリーと豪華絢爛な衣裳、炎や煙の飛び出る派手な演出が特徴で、世界的に高い評価を得ています。

浜田市の石見神楽 長澤社中による夜神楽。(七咲さん提供)

「以前、石見神楽の練習風景の写真を撮らせてもらったことがあるんです。太鼓のリズムも激しいしすごい気迫で。ものすごいものを見た!って帰り道までドキドキしたのを覚えています。その当時、私は役者と写真家を並行してやっていたんですけど、演劇の現場に似ていたんですよね。こんなにも真剣に表現に向き合ってるんだって感動して。しかも演者の方が、普段は町で働くお父さんやその子どもたちなんですよね」

温泉津の龍御前神社。公演が行われるのは境内の中。日が暮れる頃から観覧のために人が集まりはじめる。

そして七咲さんが特に好きだというのが夜の神社で行われる夜神楽。今回訪ねた龍御前神社では、毎週土曜日の夜に神楽の定期公演が行われているので、時期を問わずに石見の夜神楽が楽しめます。

龍御前神社の奉納公演。毎年9月終わりから10月頃は、石見の各地で神楽の奉納公演が行われる。

「夜の神社でやる神楽って、特に秘密めいて好きなんです。石見は田舎だから夜の闇が濃いんですよね。真っ暗な夜の中に、神社の境内がぼんやり浮かび、中に入ると花火や煙の中で鬼や神様が舞っている。そのコントラストがすごいんですよね」
 
今日は年に1度の奉納神楽の日。神楽を奉納する「石見神楽温泉津舞子連中」は、25年ほど前にできた比較的新しい団体。代表の大門さんは「地元に神楽社中がないのが悔しくて、自分たちで作ったんです」と語ります。

石見神楽温泉津舞子連中の創設メンバーのふたりと七咲さん。

たった3人から始まった神楽社中は、地域の子どもたちも加わり団員は30名を超え、海外公演も行うなど活躍中。温泉津地域に伝わる伝承をもとにオリジナル演目をつくるなど、石見の伝統を現在進行形の営みとして今に伝えています。

七咲さんが撮影した、温泉津の夜神楽の写真

「何百年も前からの伝統が、今も生き生きと更新されているのがすごいですよね。石見では、神楽をやるために地元に残る人も多いですし、みんな人生をかけて神楽に向き合っているんですよね。お年寄りの方なら何十年と練習し続けてきたわけで、それが何世代も地域に受け継がれてきている。取り組む時間の長さが違いますよね。そんな、長く長く続いている強いエネルギーに感動します」(七咲さん)

写真の撮影が可能な公演も多い。事前に主催者に確認を。

とはいえ、伝統芸能は初めての人にとってハードルが高く感じることも。七咲さん、夜神楽の楽しみ方のコツはありますか?
 
「石見神楽は神話をもとにした戦いの話が多く、ストーリーもシンプルです。セリフの意味がわからなくてもエンターテイメントとして楽しめると思いますよ。衣裳も本当に素晴らしいですし、ファッションや美術の視点でも美しさに感動すると思います。あとは戦隊ヒーローのショーみたいに派手なアクションも多いので、子どもにもおすすめです。私の甥っ子も旅行で神楽を見てどハマりして、丸2日間終日見てました(笑)」

七咲さんが撮影した温泉津の夜神楽の写真

「石見神楽はこんなに面白くて敷居も低いのに、他の伝統芸能に比べて全国的にはあまり知られていないのが不思議です(笑)。奉納神楽は無料で観られますし、定期公演もありますから、旅行で来た人でもハードル高くなく楽しめますよ」
 
七咲さんと旅した温泉津には、土地の人が受け継いできた伝統が今なお生き生きとした営みとして土地でした。「そうした人の営みの美しさが、石見では暮らしの風景の中に、あたりまえのように受け継がれていると感じます」と七咲さん。石見を訪ねたら、窯元や神楽を巡ってみるのはいかがでしょうか。
 
後編では、七咲さんと共に温泉津の町を散策しながら、ノスタルジックな温泉街を舞台に次々と生まれる新たなカルチャーを訪ねます。

 ≫[後編]写真家・七咲友梨さんと世界遺産の町・温泉津へ 温泉街の新たな一面に出会う


Photo / Yuichiro Iwatani(snap)
Editing & Text / Masaya Yamawaka

この記事で登場した場所

椿窯

〒699-2501
島根県大田市温泉津町温泉津イ12-2
TEL 0855-65-3458

龍御前神社

〒699-2501
島根県大田市温泉津町温泉津イ736

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