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石見の日本酒が“アツい”。
Shogoさんと山陰で酒の深みにハマる。
モデル Shogo
突然ですが、日本酒発祥の地はどこでしょう? 実は石見地域のある島根県は、1300年前の出雲国風土記に酒造りの記載が残り、日本酒の発祥地と言われる場所のひとつ。それだけ由緒ある土地柄ながら、島根県西部・石見エリアの酒文化は全国的にまだあまり知られていないのが現状。
しかし見かたを変えれば、未開拓な石見は宝の宝庫とも言えるはず。ローカルの酒や食文化に目のない冒険好きにとって、石見こそまだ見ぬ美酒が眠るおいしいフロンティア。ということで、今回は日本酒に目がないモデルのShogoさんと、石見の日本酒シーンを巡ります。
Shogo/岡田章吾
愛知県生出身。自身代表を務めるモデルエージェンシーVELBED.に所属し、ファッション誌、CM、広告などで活躍。東京と山梨県道志村の畑を行き来する生活を続ける。2021年に、都市と畑をつなぐプロダクトブランド「KEIMEN(カイメン)」を設立、ディレクターを務める。大の日本酒好き。
レンタカーを使わない飲み歩きの石見旅
今回は羽田からの午後便で石見入り。前回の「野菜の旅」ですっかり石見が好きになったというモデル兼農家のShogoさん。農業が盛んで水がおいしいこともあり、石見の日本酒への期待度は高いといいます。
「僕は自分で畑をやったり、農をテーマにしたブランドもやっているんですけど、酒づくりと農は関係が深いんですよね。日本酒の仕込みは元々冬の農家の仕事だったと聞きましたし、昔はどこの農家でも自前の米で自家製のお酒“どぶろく”をつくっていたという話も。石見の農業は素晴らしいので、素敵な日本酒に出会える気がします」
まずは空港からタクシーで約10分の益田駅へ。旅のテーマは「酒」なので運転はナシ。車は借りずにタクシーやバスで回る、のんびりプランです。まず訪れたのは益田駅前の「新天街」。ここは駅前の小さなエリアで個人店がしのぎを削りあった結果、ローカルな名店が軒を並べるようになった知る人ぞ知る名店街。今や“山陰随一のハイレベルな飲み屋街”との呼び声もあり、山陰各地から足を伸ばす食通も増えているのだとか。
「空港について、そのまま飲み屋に直行するっていう(笑)。日中は東京で仕事して、夕方から石見で飲み始められるなんて最高です。羽田を出て2時間後には石見の飲み屋街にいられるほど、実はアクセスしやすいんですよね」
酒好きの楽園「新天街」で熱燗の洗礼を受ける
訪れたのは30代の夫婦が切り盛りする酒場「酒場 ノンぺ」。シンプルでモダンな空間、地元食材をイタリアンのエッセンスで仕上げた料理、扱う酒は地元の日本酒に国産のナチュラルワイン、オリジナルのクラフトビールと“今”な気分にぴったりなムード。これは楽しい酒場に出会えたのでは……!
まずは地元益田の酒蔵「桑原酒場」の冷酒で喉をうるおし、続く2杯目。女将さんにおすすめを聞いてみると「ウチは温めて美味しいお酒に力を入れているんです」とのこと。
聞けばシェフの野崎隼太さん、女将の由季子さん夫妻は、冬は地元の酒蔵で仕込みを手伝うほどの筋金入りの日本酒好き。地域の蔵を応援するため、日本酒のイベントを開催するなど、石見フードシーンを盛り上げるキーパーソンです。そんなふたりが「熱燗」をおすすめするなら、飲まない手はありません。女将さんのお燗で石見の酒をいただきます。
「熱燗って玄人向けの印象がある人も多いと思うんです。渋い居酒屋でちびちび飲む、真の酒好きが行き着く世界のような(笑)。僕も普段は冷酒を飲むことが多いんですが、こうして素敵なお店で勧めてもらえるといいですよね。地元の食と合わせるのも楽しくて、石見の酒にさらに興味が出ました。ローカルの酒を熱燗でこんなにカジュアルに楽しめるお店は貴重です」
“日本一”の居酒屋ランチで「生どぶろく」
翌朝。「昨晩は石見の酒の魅力を教えていただいて最高の夜でした」とShogoさん。宿泊したホテルMASCOS HOTELのサウナで汗を流し、二日酔いもなく体調は万全。そういうことなら、今日はランチ酒なんてどうでしょう。
お昼時に訪れたのは“日本一の居酒屋”として名高い「田吾作」。こちらが日本一たる所以はこちらの記事に譲るとして、とにかく全国からこの店目当てに人が訪れる名酒場なのです。そんな田吾作、実はランチタイムがすごいんです。
「お刺身ヤバいですね……タコとか今まで食べた中で一番美味しいかも」とランチ定食の美味しさに驚くShogoさん。その日その季節で最も美味しく新鮮な食材を、最もおいしい方法で提供するのが田吾作の美学。ランチにも料理の繊細な仕事と地元食材の力をバシバシと感じます。
「刺身に添えられたカブまで、主役級に美味しいです。本わさびも香りがすごくよくて、普通のものと全然違う。煮物、自家製のお豆腐、味噌汁、どれも素材の味が際立っていて美味しすぎます。ランチでこのクオリティはとんでもないですね」
今日のもうひとつの目当てがこちら、田吾作の隠れ名物「生どぶろく」。ちなみに 「どぶろく」とは日本酒の原型と呼ばれる白く濁ったお酒のこと。とろりとした口当たりが楽しめます。田吾作で扱うのは地域のどぶろく名人と共に作ったオリジナルの「生どぶろく」。“生”なので火入れは無し。生きた菌がシュワシュワと発酵を続けるスーパーフレッシュな一杯。
「どぶろくの入荷日で、飲めてラッキーでした。めちゃくちゃフルーティーですね。お米の甘さをダイレクトに感じます。胃の中でも発酵が進んで酔っ払うから飲み過ぎ注意だそうです。発酵が進むと風味も変化していくはず。明日も飲みに来たいくらい、お酒も料理もすばらしかったです……!」
「桑原酒場」で“最高の晩酌酒”に出会う
続いて訪れたのは地元益田市の酒蔵「桑原酒場」。ちなみに昨晩Shogoさんが飲んだ「扶桑鶴」「高津川」はこちらの看板銘柄です。
「うちの酒は飾りっ気ないですよ」と語るのは杜氏の寺井道典さん。聞けば桑原酒場のこだわりは、“食事と共に楽しむ晩酌用の酒”。「もう一杯もう一杯とつい手が伸びる。地味だけど、だらだら飲み続けられる。そんな地元のための最高の晩酌酒を目指しています」と寺井さん。
例えば辛口の純米酒「高津川」も熱燗で美味しい食中酒で「できれば60度〜70度の熱燗で飲んでほしい」と寺井さん。その真意は米の香りや旨味が開く温度だから。ほどよく温めることでお米の旨味や香りがふくらみ、暖かな白ご飯のようにおかずの味を引き立たてる。その酒の真価がわかる温度や温め方が酒ごとにあるのです。
また辛口の酒へのこだわりも、食事の風味を妨げないようにという思いから。甘いスイーツがおかずと合いにくいように、甘くフルーティーな酒は食中酒としては飲みづらいシーンも。それに対して後味がスッと引く辛口の酒は合わせる食事を選びにくく、食べもの本来の風味を引き立てる存在。Shogoさんも「飲む温度まで考えて緻密に設計しているんですね」と感銘を受けた様子です。
寺井さんのこだわりは米選びにもかいま見えます。寺井さんが醸す銘柄「高津川」では島根県産の食用米「きぬむすめ」を使います。雑味の原因になるタンパク質が多く、普通は酒には使われないお米ですが、寺井さん曰く「雑味の手前に旨味がある。そこを狙う」そう。雑味を取り除いた甘くフルーティーな酒がトレンドの現在の日本酒シーンでは、ニッチでマニアックな方向の酒造りです。
「甘口でフルーティーな酒は飲みやすくて、慣れない人でも美味しさが伝わりやすいですよね。東京のお店でもフルーティーなお酒は比較的出会いやすいと思います。それに対して寺井さんの酒は逆方向ですよね。トレンドを追って知名度や売上を狙うんじゃなくて、地元の人の食事のために酒を作る。その姿勢に感動しました。寺井さんにとって酒づくりの魅力ってなんなのでしょうか?」
Shogoさんの疑問に「土地の個性を酒という形に表したいんですよね」と答える寺井さん。石見なら清流・高津川系の湧水で仕込み、土地の土壌で育った米を使い、土地の空気の中で醸していく。環境や風土が個性として酒に反映された、その土地でしか飲めない酒造りが醍醐味なのだといいます。
土地で仕込んだ日本酒を味わうことはその土地の風土を楽しむこと。ワインでブドウの生産地に由来する個性「テロワール」と言うように、日本の酒にも米と水のテロワールというべき地域性がある。「ということは、日本酒は土地を知るきっかけにもなりますね」とShogoさん。
「土地の自然や風土があって、酒を作る人や飲む人の暮らしがあって、その歴史が土地の日本酒の個性につながるんだなって感じました。旅をしてお酒と食事を楽しむことって、ただ美味しいという以上に、土地の魅力や歴史に出会うことなんですよね」
酒店「金吉屋商店」でマニアな店主に出会う
続いて訪れたのは、地元益田の酒屋「金吉屋商店」。一見するとやや入るのに勇気のいる店構えですが、実はこちら地元のプロも御用達の名店。もちろん誰でも1本から購入OK。石見地域や島根県、山陰の酒をはじめ店主が惚れ込んだ各地の日本酒や焼酎を多数セレクトしています。
こちらを訪れたのは、酒のプロの目利きで東京へのお土産に石見の酒を見繕ってもらうため。Shogoさんが「熱燗が気になっているんです」とリクエストを伝えると「熱燗は深い世界ですよね」とにこやかに語る店主の福原清輝さん。
福原さん曰く日本酒の中でも熱燗好きはマニアックな人が多いとか。何を隠そう福原さんも相当な熱燗好き。当然話題はマニアックな日本酒トークへ。「完全発酵酒」「酒のバナナ香」などパンチあるワードが飛び交います。
「福原さん自身がマニアックすぎる知識の宝庫です。いい意味で変態的というか(笑)、めちゃくちゃ話が面白くてすごく勉強になります」とShogoさん。せっかくなので、福原さんに石見の酒の特徴を教えてもらいましょう。萩・石見エリアの酒といえば熱燗が多いのでしょうか?
「もちろん冷酒が美味しい蔵もありますよ。たとえば隣の萩の『東洋美人』なんかは冷酒で美味しい素晴らしいお酒をつくっている蔵。フルーティーで、日本酒が初めての方でも美味しいと感じてもらえる1杯だと思います」(福原さん)
なるほど。では他に福原さんおすすめの日本酒は? 「石見の酒なら『池月』や『石見銀山』の純米酒はどうでしょうか。どちらも間口の広さもありながら日本酒好きにもファンが多い、素晴らしい酒です」とのこと。じゃあ、今日行った桑原酒場の「扶桑鶴」や「高津川」のような熱燗の酒は?
「熱燗はさらに一歩踏み込んで出会う世界でしょうか。『扶桑鶴』はトレンドの華やかな酒ではないけど、食事と寄り添う酒として一級品。いつまでも飲み続けたくなる、クセになる良い酒ですよ。さらにコアなゾーンに行くと邑南町の『玉櫻酒造』には、いわゆる完全発酵に近い超辛口の酒もあります。好きな人は大好きという、熱烈なファンのいる酒です」(福原さん)
福原さんの分析をもとに眺めると、萩・石見は小さな範囲ながら日本酒初心者からディープなマニアまで楽しめる土地。冷酒から入って熱燗へステップアップし、酒の深みへハマっていく……そんな石見旅も楽しいはず。
「福原さんは話の中で『僕の好きな酒は、嗜好品というより体が欲する液体』とおっしゃっていました。酒を突き詰めると体で飲む世界があるのか……!と衝撃を受けました。今回は日本酒の達人たちから、酒の深い世界の面白さをバシバシ教わっています(笑)」
駅前の名居酒屋でペアリングを楽しむ
益田駅前に戻って、夕食は和食の名店「かすり」。店主の中島猪佐雄さんは、先ほど訪ねた桑原酒場の杜氏・寺井さんの同級生という縁も。寺井さん曰く「猪佐雄のつける燗は天下一品」と、杜氏自らが太鼓判を押す腕前です。
そんな猪佐雄さんに料理とのペアリングについて聞くと「冷たい食事には冷酒、温かい料理には熱燗で合わせるのがおすすめです」とのこと。アドバイスどおり、まずは地元の魚介の刺身と冷酒からスタート。つづいて暖かな料理と熱燗のペアリングへとシフトしていきます。
「熱燗の世界に触れてつくり手の思いを知ったからか、昨日より味がよくわかる気がします。扶桑鶴は温めると香りがぶわっと開いて飲みやすくなるんですね。ダシっぽい旨味もあって料理と合いますし、角がとれてスッと入ってきます。石見の酒の特徴なのか、やさしい味わいですね」
そう語るShogoさんに、「僕も石見の酒は親しみやすさが特徴だと感じます」と猪佐雄さん。派手な酒は毎日飲むには飽きてしまうけど、石見の酒は毎日飲みたい、しみじみと寄り添ってくれる優しい酒だといいます。「今回出会った石見の人たちの人柄を表すようです」とShogoさんもうなずきます。
「冷酒もいいし熱燗もいい。カジュアルに楽しむのも、奥深い世界を探求してもいい。そんな懐の深さは石見の酒の良さかもしれません。今回は日本酒の深い世界を垣間見て身構えていましたが、このお店に来て『ああ、美味しい』と基本に立ち返った気がします(笑)」
今回の旅を振り返り「濃厚な時間でした」と語るShogoさん。石見の酒めぐりは東京ではなかなかできない思い出深い体験になったようです。
「熱燗の世界へ扉を開いてもらう旅でした。普段東京にいてもお店に行けば日本各地の酒が飲めますし、なんとなく詳しくなることはできると思うんです。でも、実際にこうしてローカルの現場に行くと体感は全然違って。こんなに面白い人たちいるんだって、刺激を受けました。もう一歩深く酒を楽しみたい人も、知らない日本の魅力に出会いたい人も、石見はおすすめの場所だと感じました」
日本酒の新しい扉を開きたい人、熱燗が好きな人、ただローカルの人たちと飲むのが好きな人……お酒が好きで、それから少しの冒険心を持った人はぜひ石見へ。まだ見ぬ酒と個性的な酒好きたちが温かく迎え入れてくれるはずです。
この記事で登場した場所
酒場 ノンぺ
住所:島根県益田市駅前町駅前町21-15
TEL:0856323470
https://www.instagram.com/sakelab0n0npe/
MASCOS HOTEL
島根県益田市駅前町30-20 MASCOS HOTEL 1F
0856-25-7709
https://mascoshotel.com/
田吾作
住所:島根県益田市赤城町10-3
TEL:0856-22-3022
http://tagosaku1966.jp/
桑原酒場
住所:島根県益田市中島町ロ−171
TEL:0856-23-2263
https://fusozuru.com/
金吉屋商店
住所:島根県益田市久城町1278-1
TEL: 0856-23-5465
https://kaneyoshiya.com/
かすり
島根県益田市駅前町19-19
TEL: 0856-23-2011
https://www.facebook.com/JiLiaoLiKasuri/
Photography Yuri Nanasaki
Edit & Text Masaya Yamawaka