EDITOR'S PICKS 編集部のおすすめ

発酵、無添加、そして美味!
米処・島根初の「どぶろく特区」は石見にあり。

【どぶろく】と聞くと、「おじいさんがやかんからトプトプと注いで呑む田舎の豪快なお酒」みたいなイメージを持つ人もいるかもしれない。けれど実は今、どぶろくは食への感度の高い層を中心に、味はもちろんカルチャーとしても多方面から大注目のお酒。米農家だけがつくることを許される限定性、その地の風土に合わせたおおらかでフリーダムな製法、健康や美容に良い自然発酵、そして何よりその味わいの深さと美味しさ!すべてがとろりと溶け合うどぶろくの魅力を探りに、全国屈指の米どころ・島根初の「どぶろく特区」へ。

日本酒やビールのように製造における厳格なルールが少なく、瓶1本からでもつくることができるどぶろく。かつては梅酒のように各家庭で自由につくられ「我が家の味」があった。その後、家庭での製造が禁止となり、今は限られた地域の条件を満たす作り手のみ、製造が許可されている。それが「どぶろく特区」だ。浜田市にある弥栄町は島根県で一番最初に特区になった町。そんなどぶろくのパイオニア・弥栄町の「どぶろくカルチャー」を探る。

どぶろく工房清成・陽氣な狩人

山奥の名店!「タブー」を活かした唯一無二のどぶろく。

一見、何屋か分からない入口。季節によって軒先に狩られた獣がぶら下がっていることもあるとか!?

「本当にこの道で合ってる?」と少し不安になりながら、浜田市内から車で行くこと約30分。人里離れた山奥に、踊りだしそうな達筆で書かれた【陽氣な狩人】の看板が登場する。店名だけ見ると何屋かわかりにくいが、実はいのしし、どぶろく、そして絶品のうどんが大人気の田舎カフェ&キッチン(獣の解体場付き)。山奥にも関わらず、地元の人から観光客までたくさんの人が訪れる名店だ。

病に伏した父親の代わりにどぶろくづくりをはじめた今田貴志江さん。梅色のてぬぐいが素敵。

食堂と同じ敷地内でどぶろくをつくっている今田さん。寝たきりになった父親の後を継ぐ形で、どぶろくづくりの道を歩みはじめた。実は父娘そろってお酒があまり呑めないそうで「お酒も呑めない人間がつくるのは、お酒づくりに命をかけている方々に失礼極まりないな、と思ったこともありましたが、試行錯誤しながら、10年の月日が経ちました」と、今田さんは穏やかに語る。

大きな木の中にいるような気持ちになる、木のぬくもり溢れる店内。ウッドデッキから見渡せる田園風景にも癒やされる。

まずはどぶろくを提供する場所が必要だった。最初は木のテーブルをどーんと置いて、丸太でつくった椅子を10個くらい置いただけだったという。すると町の人が「ここで宴会ができるぞ!」と集まるようになり、最初は夜だけから、少しずつ食堂に。今田さんのご主人が市内で営んでいたうどん屋も一つになり、今では遠方からわざわざ人が訪れるほどの人気店に育った。

父親作・アルコール17〜18度の【里山桜】(左)、貴志江さん作・アルコール11度の【嬉し楽し】(右)。父娘そのままのような味とパッケージ。
 

今田さんは「せっかくなら自分のつくりたいものを」と考えた。お酒に強くない人でも楽しめる低い度数の、女性らしいどぶろく。ちょうどその時、石見銀山生活文化研究所が採取した自然酵母【梅花酵母】と出会う。「名前も可愛らしいでしょ」にっこりと今田さん。酵母には個性や性格のようなものがあり、【梅花酵母】はほんのり酸味があるそうだ。梅花酵母をつかった【嬉し楽し】にもほんのりヨーグルトを思わせる爽やかな酸味が。しかしどぶろくの世界では酸味を好まない人も多く、様々な批判も受けたという。「でも、これが梅花酵母の性格だから」我が子のことのように今田さんは語る。

お肉や油揚げやたまごなどたくさんの具がのった、やわやわ系うどん。今すぐ食べに行きたい。

父作の【里山桜】を呑む。米のうまみがまぁるく広がる、昔ながらのまっすぐな味。「どうだ!キツイだろ!」と、(呑めないのに)誇らしげだったという父親の言葉通り、どぶろくの通った喉と胃の道が熱くなり、呑ん兵衛的には「く〜これこれ!」となる。娘作の【嬉し楽し】は、米の甘みの中にほのかな酸味が絶妙で、甘いだけよりもフルーティに感じる。ぐびぐび呑んでしまう魅惑のどぶろくだ。里山の風景を眺めながら、名物うどんをアテに呑む。どぶろくで体の中から温まっているせいか、この場所の「氣」がいいのか、このまま昼寝したくなるほどの癒やしの時間になった。

「この先に本当にお店が…!?」と疑いたくなるほどの、長閑で美しい里山風景。

本当に陽氣な狩人(店主)が「ほれ!」と突然持ってきた、漫画のような猪肉。

INFORMATION

どぶろく工房 清成・陽氣な狩人

住所:島根県浜田市弥栄町高内イ333-1
TEL:0855485408

FARMER’S BREWERY 穂波

ブリュワリーならでは!ビール酵母を使った「生」どぶろく。

【はまだお魚市場】にある、鮮魚店がたち並ぶ【おさかな通り】。鮮魚がずらりと並ぶ。

鮮魚を中心に、地元のおいしいものがわんさか集まる【はまだお魚市場】。その1階にある【BEER STAND HONAMI】では、併設する醸造所でクラフトビールだけでなくどぶろくもつくっていて、カップで呑むことができる。しかもここで楽しめるのは、火入れせず、生きたままの酵母が体内でも発酵を続ける「生」のどぶろくなのだ!

【海辺のどぶろく】甘口(左)、辛口(右)。夕方と昼の海のようなラベルが爽やか。

海が見えるこの場所にぴったりの【海辺のどぶろく】をつくるのは、浜田市内でオーガニック野菜を栽培する農場【三島ファーム】。特徴を聞いてみると「一般的な清酒用のものではなく、ビールの酵母でつくっているんです」とのこと。クラフトビールもつくる三島ファームは、「ビールの酵母でどぶろくもつくれないだろうか?」からスタートし、研究を重ねに重ね【海辺のどぶろく】を生み出した。ビールの酵母を使うことで、発酵時のアルコール度数を低く抑え、酸味が少なく、まろやかな味に仕上がったという。

青空の下と2色のどぶろくがよく似合う齋藤さん。

こだわっているのは酵母だけではない。どぶろく特区・島根第一号の弥栄町産のお米と、石見山麓系の水を使って、二段仕込みで丁寧につくる。量産はしない。「弥栄のお米は雑味がなくて、噛めば噛むほど甘みがでるんですが、それがどぶろくの味にも現れているように思います」と齋藤さん。

【海辺のどぶろく・甘口】を、地元・嶋田窯のおちょこでいただく。フルーティでグビグビ飲めてしまう。
※おちょこは撮影用で、通常はプラスチックカップでのご提供です。

【海辺のどぶろく】はクラフトビールと同じ【石見式】と呼ばれる醸造方法でつくられる。それによって、通常は冬季につくるものを一年中つくることができるそうだ。酵母は生き物なので、もちろん季節によって味は変わるけれど「その変化もどぶろくのおもしろさなので、楽しんでいただければ」と齋藤さんは嬉しそうに語る。少しずつどぶろくという飲み物の、魅力の核が見えてきたような気がする。

【海辺のどぶろく・辛口】は飲みやすさもガツンと感も併せ持つ万能選手。

【海辺のどぶろく】の甘口は【全国どぶろく研究大会2023】にも入賞。とろっとした舌ざわりと、お米の甘みとコクを感じる。粒感が強く残る辛口は、またガラリと味が違う。「度数が14度で同じなのに、酵母が違うと味も粒感もまったく違います。酵母の性格ですかね」と齋藤さん。呑むと胃がほわっと熱く、体がホカホカしてきた。さすが「生」どぶろくの力。「朝きゅっと呑んで出勤したら一日がんばれそう」な気がしてくる。

INFORMATION

FARMER’S BREWERY 穂波

住所:島根県浜田市原井町3050-46 はまだお魚市場1F
web:https://hamadaosakana.com/

どぶろくの歴史は古く、奈良時代の寺社仏閣の祭礼で呑まれたともいわれている。材料も作り方も、その頃から大きくは変わっていないということに驚きだ。余計な物を入れないし、余計なこともしない。
作り手たちは「酵母の性格」「酵母が働いているので」など、酵母を生き物として尊重していて、どぶろくを「つくっている」というより「見守っている」感じだ。生き物がつくる、生きたお酒だからこそ、人間にはコントロールしきれないところがあり、そこがどぶろくカルチャーのおもしろさでもある。発酵飲料であることや栄養価の高さなどをおいておいても、呑むと「生命の力」のようなものを受け取った気がする。おいしくて不思議な飲み物だ。

Photo / Takafumi Matsui
Text / Nozomi Inoue

SHARE

TRAVEL PLAN

萩・石見を旅する

萩・石見エリアに旅に出たくなったら