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畑から紙をつくる
1000年生きる石州和紙の神秘

安く便利なものが簡単に手に入るのになんでわざわざ、と思うでしょうか? この時代に手作業の和紙が必要なのでしょうか? その答えを探してShogoさんと島根県浜田市へ。石見地方で1300年前から受け継がれる石州和紙には、現代が忘れかけた美しい時間との向き合い方が秘められています。

Shogo/岡田章吾
愛知県出身。自身が代表を務めるモデルエージェンシーVELBED.に所属し、ファッション誌、CM、広告などでモデルとして活躍。東京と山梨県道志村の畑を行き来する生活を続ける。2021年に、都市と畑をつなぐプロダクトブランド「KEIMEN(カイメン)」を設立、ディレクターを務める。

世界的に希少な「ファームトゥペーパー」

訪れたのは、西田和紙工房。7代目の西田誠吉さんが率いる、江戸時代から続く石州和紙の工房です。冬の時期は和紙の原料となる植物「楮(こうぞ)」の収穫のタイミング。
「紙を原料から作る土地は、今では珍しくなりました」と西田さん。西田さんの和紙づくりは地元農家や工房の畑で、原料である地元産の「石州楮」を育てるところから始まります。

楮の畑に立つ西田さん。無農薬なので夏場の草刈りはひと仕事。1本の樹で障子紙30枚ほどの和紙になる。

現在の紙業界では、加工された製紙材料を購入して紙を作る方法が一般的。原料は外国産のものが多数で、和紙の世界でも原料を輸入して機械で漉く方法が増えているそうです。
 
近年エシカルやクラフトの流れから食のシーンでは“ファームトゥテーブル”や“ビーントゥバー”などの言葉が一般化しました。いわば石州和紙は畑から紙まで一貫した「ファームトゥペーパー」をずっと昔から続けていると言えます。その分手間も時間もかかりますし、現代の紙づくりにおいては世界に見ても圧倒的なマイノリティ。
 
「もし紙の材料を買えば、どの土地で作っても同じものになってしまいます」と西田さん。「かつては日本各地で地元の紙は地元で作るものでした。紙はその土地の土と水から生まれるものでした。紙は地域の文化だったんですね。私たちの和紙は500年前から同じ土地で、同じ材料、同じ作り方を続けています」

原料の楮を蒸した状態。冬の間に一年分の楮を原料に加工する。

楮の皮を剥ぐ作業を体験するShogoさん。和紙では皮の部分だけを使う。

和紙づくりは、元は米農家の冬の仕事だった。剥いだ皮を干す竹には、秋には稲が干されていた。

世界一長持ちする、日本一丈夫な紙

石州和紙の特徴は“日本でもっとも丈夫な和紙”とも言われる、圧倒的な強靭さ。かつて江戸時代には大阪商人の帳簿用紙として重宝され、火災の際は井戸に投げ込んだという逸話も残るほど。「水に濡れても破れないほど丈夫で、乾かせば元のように使えるんです」と西田さん。
 
「かつて布は高級品で、庶民は和紙の服を着ていました。それから日本は住宅も紙がたくさん使われていましたね。行燈、障子、ふすま。私たちは紙に囲まれて暮らしていたし、それだけ需要もあったので全盛期には石見だけで製紙工房が4000軒ありました。それが今では県内で石州和紙の工房はたった4軒です」

紙漉きを行う工房。紙漉きの道具を作る職人の減少も危惧されている。

和紙の使われるシーンが限定的になっていく現代、手間も時間もかかる手仕事の石州和紙は、もはやただノスタルジックな存在になってしまったのでしょうか? 決してそうではないと西田さんは考えています。
 
「ちゃんと作った和紙は1000年以上持つんです。それだけ丈夫な紙は世界中でも他にありません。確かに和紙はお金儲けはできないかもしれません。でも、儲からないという理由で、合理性だけで文化を考えていいのでしょうか。1000年先の未来を見据えた選択ができるか、社会が問われているのではないでしょうか」
 
世界一長持ちすると言われる日本の紙。化学的な技術で作られる一般的な紙が100年ほどで劣化すると言われる中で、自然素材だけで1000年持つという事実には考えさせられるものがあります。Shogoさんも、「1000年持つものづくりってすごいですよね」と感銘を受けた様子。「技術や社会が進歩しても、1000年先の未来まで見通したものを、僕たちはどれだけ作れているんだろうって考えさせられました」

石州和紙の布「紙布織」の世界

続いて訪ねたのが、紙布織家・山内ゆうさんのアトリエ。京都で和裁や染色を学び、現在は石見地域で“紙布”の作家として活動中。「紙布とは紙から作った布のこと。かつては庶民の衣服として一般的な素材でしたし、実は水や日差しにも強くて丈夫です。明治時代に作られた紙布の農作業着が130年たった今も残っていたりするんですよ」と山内さん。

山内さんのアトリエで。糸車を回して紙の糸をより上げていく。

山内さんのアトリエがあるのは静かな森のそばの一軒家。中にはおとぎ話の世界から出てきたような機織り機や糸車。電気や機械を使わない、山内さんの紙布作り。そのプロセスは果てしなく、和紙を重ねて畳むことから始まり、細く切り、揉み、撚り合わせて紙糸を作る。ここまででも大変な手間がかかりますが、ここから第二段階。紙糸を草木で染め、機織り機で布へと降りあげていきます。

10枚重ねた石州和紙を2.5mm巾で切る行程。

手回しの糸車で撚りをかけていく。

糸から布を生み出す機織り機。電気を使わず足踏み動く。

「電気を使わずに手作業で行うので、1本の帯に使う糸をつくるのに1ヶ月ほど。4メートルの布を織るまでには2〜3ヶ月かかります」と山内さん。紙の布を作るといく成果だけを考えれば、より効率的な方法はいくらでもあるはずです。
 
「私の紙布はプロセスも含めて作品だと考えています。近代化や工業化の中で文化のあり方が変わってしまったのではないかと思います。物は増えても心が物足りなったり、土地に根ざしたおおらかな豊かさが失われていったのではないでしょうか。紙布をつくる行為自体に、スピードを重視する現代社会に対する視点を込めているんです」

紙布と紙糸による巨大なスニーカーは、山内さんが地域を拠点に海外で活動するアーティストと共同制作した作品。森の中に置かれ時とともに土へ還っていく。

「都会で忙しく仕事していると、こういう時間感覚に触れる機会ってなかなかないですよね」とShogoさん。「西田さんは、『江戸時代と同じものを普通に作ってます』と言っていました。山内さんは途方もない時間をかけて布を降り、森の中で朽ちていく紙の布を見守っていました。和紙も、酒造りや人の暮らしもそうですが、石見には現代のスピードや経済の合理性とはまた違った感覚が、大切に受け継がれていると感じます」
 
そう考えれば、石州和紙はいわば時間の芸術。石州和紙に触れることは現代が忘れかけた日本の時間感覚にタッチすることかもしれません。今回訪ねた西田さんの工房では和紙の手漉き体験も可能。近くの「石州和紙会館」では地域の工房の和紙が並ぶ販売スペースも。石見に訪れたら、ぜひ石州和紙の奥深い世界へ。

この記事で登場した場所

西田和紙工房

住所:島根県浜田市三隅町古市場1694
TEL:0855-32-1141
https://www.nishida-washi.com/

石州和紙会館

住所:島根県浜田市三隅町古市場589
TEL:0855-32-4170
https://www.sekishu-washikaikan.com/

Photography / Yuri Nanasaki
Editing & Text / Masaya Yamawaka

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