島根 異界への旅・小泉八雲 「怪談」ゆかりの地でゴーストツアー

城下町松江には、小泉八雲が再話した怪談の舞台があちらこちらにあります。それらのスポットを巡りながら八雲の怪談を体感し、夜の魅力を再発見しようというのが「松江ゴーストツアー(※現在休止中)」です。闇を見つめることで五感力を磨き、灯りの溢れた現代社会に暮らす私たちには、とても新鮮なものになることでしょう。小泉八雲の曾孫・小泉凡さんによる「小泉八雲-異界への旅」と題する講演の後、松江の郷土料理を味わい、そしていよいよ怪談の世界へ。地元の語り部が、静かに思いを込めて「怪談」ゆかりの地をご案内します。

八雲が描いた船幽霊
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)
小泉八雲は1850年にギリシャのレフカダで生まれ、アイルランドで育ち、アメリカ、カリブ海のマルティニーク島を経て、1890年に特派記者として来日、1904年に東京で亡くなりました。松江では島根県尋常中学校の英語教師として1890年8月30日から約1年3ヶ月を過ごし、山陰地方の霊的世界にとりわけ深い共感を抱きました。後に妻となる小泉セツも松江の出身で、八雲は生涯この地と強い絆で結ばれました。

1.松江城 ギリギリ井戸

松江城は、開府の祖・堀尾吉晴公が足掛け5年の歳月をかけて慶長16年に築城しました。千鳥が羽根を広げたように見える千鳥破風の屋根が見事なことから、別名「千鳥城」とも呼ばれます。高さ30m、5層6階の天守は桃山様式の天守として築城当時のまま現存しており、国の重要文化財に指定されています。また武骨な体裁ながら、その端正で優雅な風格は人々を魅了します。

松江城の城主、堀尾家は三代、京極忠高は一代限りで、いずれも嗣子がないため断絶しています。これに関して、人々は築城工事にまつわる髑髏の出土や人柱となった娘のたたりなどを噂したそうです。

松江城天守閣
「ギリギリ井戸の髑髏(どくろ)」
松江城築城工事の際、本丸東側の石垣が幾度となく大音響と共に崩れ落ちた。
不審に思った堀尾吉晴公が原因を調査させたところ、その地下深くから錆びた槍の穂先と、それに貫かれた髑髏が出土した。丁寧に供養して工事を再開すると、その後は何事もなく完成を迎えることができた。
出土した穴からは澄んだ水が豊富に湧き出し、ギリギリ井戸と呼ばれて長く場内の人々の喉を潤した。「ギリギリ」とは、頭のつむじを指す言葉である。
(出典「城山再発見の旅」松江城の伝説)
ギリギリ井戸

<松江城>
[場] 島根県松江市殿町1-5
[問] TEL:0852-21-4030

2.月照寺 人食いの大亀

松江藩主松平家の菩堤寺で、初代直政から九代斉斎までの墓があります。七代藩主治郷(不昧公)の廟門は、名工・小林如泥の作で、飾りのブドウの透かし彫りなどが見事。境内にある大きな亀の背にのった石碑は六代藩主の寿蔵碑で、この大亀が夜ごと町へ出て暴れたという話を八雲は随筆の中で紹介しています。現在ではこの大亀の頭を撫でると長生きできると言われています。

松平宗衍公廟(大亀)
「夜な夜な歩く大亀」
月照寺にある、石で出来た大亀が、夜な夜な松江の町に出て人を食べていた。あまり騒ぎを起こすので、困ったあげく亀の背中に大きな石の杭を打ち込んで、動けなくした。あるいは亀の首を切り落としたとも伝わる。

境内には四季折々の花が咲き、特に6月中旬からはあじさいの花が所狭しと咲き誇り、「山陰のあじさい寺」として観光客に人気です。
八雲はこの寺をこよなく愛し、墓所をここに定めたいと思っていたとか。

松平不昧公廟 月照寺の石灯籠とあじさい

<月照寺>
[場] 島根県松江市外中原町179
[問] TEL:0852-21-6056

3.清光院 消えぬ芸者の足跡

清光院は、月照寺に隣接する小高い丘陵地にある曹洞宗の寺で、武芸者の檀家が多かったそうです。芸者「松風」の幽霊の話が伝わっています。

位牌堂
「松風」
昔、大橋の南、和田見町に松風という芸者がいて、橋を渡ったところに住んでいる相撲取りと恋仲になりました。けれども、ある武士が松風に横恋慕し、ある日、松風が相撲取りの家から帰る道で彼女を見つけ追いかけました。松風は懸命に逃げましたが、近くの清光院の石段を駆け上がる途中、嫉妬に狂った武士に斬りつけられてしまいました。松風はなおも住職に救いを求めて本堂に上がりましたが、位牌堂の階段で力尽きて亡くなってしまいました。その後、階段は拭いても拭いても血が吹き出るようになったと言われています。また、位牌堂で松風の謡をうたうと必ず亡霊が現れると伝えられています。
<清光院>
[場] 島根県松江市外中原町194
[問] TEL:0852-21-2912
石段 本堂

4.大雄寺 子育て幽霊

怪談の舞台でもある墓地

大雄寺(だいおうじ)は松江開府の際に広瀬町から移築されました。山門前にある川は松江城の堀川に通じており、松平直政は舟を使って出入りしたといわれ、殿様専用の山門もあります。山門をくぐると、左側に小泉八雲の怪談「飴を買う女」の舞台となった墓地があります。

山門 本堂
「飴を買う女」
中原町にある大雄寺の墓場にはこんな話がある。
中原町に、水飴を売っている小さな飴屋の店があった。水飴というのは、麦芽からつくった琥珀色の糖液で、乳のない子あたえるものである。
この飴屋へ、毎晩、夜が更けてから色の青ざめた女が白い着物を着て、水飴を一厘買いにくる。飴屋は、女があんまり痩せて、顔の色が悪いものだから、不審に思って、親切にたびたび尋ねてみたが、女は何も答えない。
とうとう、ある晩のこと、飴屋は物好きに女のあとをつけて行ってみると、女が墓場へ帰ってゆくので、飴屋は怖くなって家へ戻ってきました。
そのあくる晩、女はまたやってきたが、その晩は水飴は買わずに、飴屋に自分と一緒に来てくれといって、しきりに手招きをする。そこで飴屋は、友達と語らって女の後について墓場へ行ってみた。
とある石塔のところまでくると、女の姿がぱっとかき消えた。すると地面の下から、赤児のなき声が聞こえる。それから、みんなして石塔を起こしてみると、墓の中には、毎夜水飴を買いに来た女の骸(むくろ)があって、そのそばに、生きている赤児がひとり、差し出した提灯の火を見て、にこにこ笑っていた。
そして、赤児のそばには、水飴を入れた小さな茶碗がおいてあった。この母親はまだほんとに冷たくならないうちに葬られたために、墓の中で赤児が生まれ、そのために、母親の幽霊が、ああして水飴で子供を養っていたのである。――母の愛は、死よりも強いのである。
(出典 平井呈一訳「小泉八雲作品集」)
<大雄寺>
[場] 島根県松江市中原町234
[問] TEL:0852-22-1468

<松江ゴーストツアー(※現在休止中)>
[問] TEL:0852-27-5843(一般社団法人 松江観光協会)
https://www.kankou-matsue.jp/
ゴーストツアーパンフレット 小泉八雲の曾孫・小泉凡氏
小泉八雲会談スポットMAP
ゲゲゲの鬼太郎 妖怪たちに会いに行こう!