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ローソク島

隠岐島後の北西に位置する代海岸の沖合に浮かぶ小島です。高さ20mのローソク状の岩の頂点に夕日が落ちる時、さながらローソクにあかりが灯ったように見えるので、この名があります。晴天の波が穏やかな日に、船の上からしか観ることのできない奇跡の光景です。日本海の荒波が刻みこんだ神秘的な造形は感動的な絶景です!
(ローソク島遊覧船は季節により出船時間が異なり、また運休もありますので、事前に予約およびご確認をお願いします。)

ユネスコ世界ジオパークに登録された、隠岐を代表するダイナミックな景勝地です。
西ノ島町の西海岸一帯は、日本海の激しい海食作用を受けて大断崖・奇岩がそそり立ち、大自然の造形美に圧倒されます。
国賀の中心は何といっても摩天崖(まてんがい)で、海面から257mの高さに垂直にそそり立っています。一方、崖の上は一面緑の草地となっていて牛や馬が放牧され、そののんびりしたムードと大景観とが対照的です。
アーチ状の岩の架け橋「通天橋」や、長さ200mに及ぶ天然のトンネル「明暗(あけくれ)の岩屋」、荒々しい玄武岩の岩肌をみせる断崖「鬼が城」「金棒岩(かなぼういわ)」「龍宮城」「乙姫御殿」「観音岩」「天上界」などと名付けられた奇石があります。各景勝地を巡る遊覧船が運航しており、海上から眺める国賀海岸の景観は絶品です。

那久川の上流、屏風を連ねたような岩壁の左右に高さ50mの雄滝と40mの雌滝が流れ落ちています。

 

「日本の滝百選・日本名水百選」に選ばれており、滝の付近にはマイナスイオンに包まれてミストのような水しぶきはお肌にもよさそうです。
また、2つの滝の間には壇鏡神社があり、滝に通ずる参道には、老杉が天をおおうように立ち並び、まるで精霊が宿っているような幻想的な景色です。
また渓流には貴重なオキサンショウウオが多数生息しています。

 

【ご注意】※2022年8月現在
・壇鏡の滝への通行は2022年10月頃までとなります。
・雄滝の裏は、落石の恐れがあり危険なため立入禁止です。

隠岐の島町の隠岐国分寺外苑にある、全天候木造ドーム型牛突き場で、名物の牛突きを気軽に楽しむことができます。
隠岐の牛突きは、その昔、隠岐に配流となった後鳥羽上皇を慰めるために始まったいう、日本最古約800年の歴史を持つ独自の伝統文化です。
突き牛は2~6歳の雄の和牛で、横綱クラスになると体重が1000kgを超えます。角と角とを突き合わせ巨体がぶつかり合う様は迫力満点で、勝負は闘争心を失って逃げ出した方が負けとなります。

隠岐・島後の最高峰である大満寺山(標高400m)、うっそうとした森の中にたたずむ杉の巨木です。

あたりは岩の隙間から地中のひんやりとした空気が吹き出して夏でも涼しく、雨が上がった後はまるでジブリの世界のような神秘的な雰囲気がただよいます。

樹齢800年の古杉で、根まわりが約16m、地上3mのところで15に分岐しています。地上10m位のところからは、20数個の巨大な鍾乳(しょうにゅう)石状の乳根が下がって、長いもので2.6mにも達しています。

地元の人々は、これを乳房杉と呼び、毎年4月23日にはご神木として祭りを行います。

 

隠岐の開拓にかかわった玉若酢命(たまわかすのみこと)を祀る神社です。
『延喜式』に載る玉若酢命神社は、五箇村の水若酢神社とともに島後では由緒ある神社です。
参道の神門をくぐると右側にある八百(やお)杉は樹齢約2000年と言われ、伝説では不死となった八百比丘尼が植えたとされます。根本の洞穴には大蛇が閉じ込められ、木の中から大蛇の大いびきが聞こえてくるとも伝えられています。
玉若酢命神社の本殿の造営は寛政5年(1793)で、隠岐の中では最古の神社です。隠岐造りといわれる建築形式で、屋根は茅葺き、千木(ちぎ)、堅魚木(かつおぎ)のうえに、雀踊(すずめおどり)と呼ぶ横木がおかれ、素朴ななかにも威厳のある建造物です。
毎年6月5日の御霊会風流(ごれえふりゅう)には独特な馬入れ神事があり、狭い参道を馬と人が一気に駆け上がる勇壮な祭りです。

半潜水型の海中展望船で、菱浦港を出発して名所「三郎岩」をはじめとした、海士の海上・海中の見どころを観覧するコースをめぐります。
この付近の海域は、ダイビングスポットになっている所もあり、海藻や魚類も豊富です。海中展望室からは、海に潜む真鯛やブリの優雅に泳ぐ姿や小さなスズメダイの大群などを気軽に楽しむことが出来ます。まるで未知なる竜宮城へ旅する海中散歩の様な気分を味わえます。
またナイトクルーズでは夜光虫が光る神秘的な海中を見ながらロマンチックで贅沢な時間を過ごすことが出来ます。
(定期観光の運航は2名以上、ナイトクルーズは5名以上での運航となります。また天候や海の状況により、運行状況や運行時間は変化します。)

知夫里島の西海岸に、およそ1kmも続く大断崖です。日本海の波で、ざっくりとえぐられた赤褐色の岩肌が、時刻とともに様々な表情を見せてくれます。特に夕日の時間は紺碧の海に赤壁が映えるドラマティックな景観が楽しめます。

隠岐諸島の成り立ちと、その大地の上で育まれた生物や歴史文化とのつながりを展示しています。
館内の展示と現地の景色が合わさることで、隠岐や地球の魅力がより深まります。

聖武天皇勅願寺/後醍醐天皇御遷幸の寺院です。
昭和9年、後醍醐天皇行在所跡として国の指定を受けました。
また、平安時代から伝承されている「隠岐国分寺蓮華会舞」が毎年4月21日奉納公演されています。[昭和52年 国指定 重要無形民俗文化財]
境内の「蓮華会之館」には、この舞の資料や公演舞台・奈良時代の瓦・後醍醐帝の資料等が展示されています。
国分寺境内が、平成30年10月、奈良朝期創建当時の柱穴発見(H23)により国指定追加拡大指定を受けました。

<祭神・例祭・神事・芸能>隠岐国分寺蓮華会舞
<創建・建造・構造>741~749年

玉若酢命神社の坂道の参道をのぼり、神門をくぐった右側に県下一の杉の大木があります。

樹高38m、根元の周囲約20mにおよびます。樹齢は 2,000年を超えるといわれ、昭和4年(1929)12月に国の天然記念物に指定されました。

八百杉、あるいは総社杉と呼ばれるこの大杉は、その昔、若狭の国から、人魚の肉を食べて、老いることを知らない比丘尼(びくに)がやってきて、総社に参詣し、後々の形見にと杉の苗を植えました。そして「800年たったら、またここに来よう」と言ったということから八百比丘尼杉と呼ばれ、いつしか「八百杉」と呼ばれるようになりました。

隠岐郡西郷町下西の玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)で毎年6月5日の祭礼日に行われる神事です。行事の最大の呼びものは午後に行われる「馬入(うまいれ)れ神事」です。玉若酢命神社は隠岐国の総社で、隠岐の国守が隠岐中の神社にお参りするかわりに神々を玉若酢命神社に集めましたが、そのとき神々が馬に乗って参集されるということから「御霊会」といい、「馬入れ」の行事が行われました。
その後、祭礼は「田植式」に続いて「流鏑馬(やぶさめ)」の儀、神輿(みこし)の渡御(とぎょ)も行われます。

かつては島前島後から48頭の神馬(しんめ)が参集しましたが、元禄13年(1700)に島前から島後へ来る途中難破し、島前の人馬とも海中に没したことから、島後に限られ、現在では8頭の神馬が8地区から参加します。

それぞれ6人の引き手によって、8頭の神馬が随神門(ずいじんもん)前から社頭へ一気にかけぬけるさまは、もうもうたる砂煙、馬のいななき、引き手のかけ声、見物人の歓声があがり、この祭りの圧巻です。これは武良(むら)祭風流、水若酢神社の祭礼風流とともに隠岐三大祭の一つに数えられ昭和40年(1965)5月に県の無形文化財に指定されました。

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