ツワノジョウアト

観光スポット

津和野城跡

Tsuwanojo 001

 津和野城は町の南端に位置する標高370mの山上にあった。別名を三本松(さんぼんまつ)城、蕗(ふき)城、山の名を霊亀山という。南北3kmにのびる丘陵上にあり、中世には全山が城塞として使用された。

 元冠にさいして、西国防備を命じられて西石見吉賀地方に下向した吉見頼行が、永仁3年(1295)から築城にかかり、約30年の歳月をついやして完成したと伝えられる。山上をけずり削平地とし、山の峰つづきに堀切をつくった典型的な山城であった。石垣構築は室町末期といわれる。

 関ケ原の戦いの戦功で入城した坂崎出羽守成正は、城郭の大改築をはかり、本丸の北方約200mの山頂に側面防衛のための出丸である織部丸(おりべまる)を築いた。今日残る遺構の大部分がこのとき築かれたものである。また城の内堀は城山をめぐって流れていた津和野川をあてた。亀井氏になって寛文年間(1661〜1673)に現在の大橋から横掘までの約1kmにわたって外堀が掘られた。

 吉見氏14代319年間、坂崎氏1代16年間ののちは、明治維新まで亀井氏が11 代225年にわたり城主として在城した。貞享3年(1686)に天守は落雷のため焼失し、その後再建されることもなく、明治7年(1874)に石垣を残して解体された。その間、吉見氏十一代正頼が天文23年(1554)、陶晴賢(すえはるたか)の大軍をこの城で迎えうち防戦した戦史がある。

 現在は太鼓谷稲成神社の参道からリフトによって約5分で頂上に達する。城郭建造物は何もないが、全曲輪(くるわ)の石垣はほぼ完全な形で保存されている。東部の高所が本丸跡、西のやや低い所が天守台、また南門跡をつなぐ石垣は広壮であり、吉見氏後期に改築した大手ははぼ東北にある。東門跡、三段櫓跡、腰曲輪跡の石垣は階段状に延々と連なって雄大である。さらにその北方やや低い所に三本松平をへだてて、普請奉行だった浮田織部の名をとった織部丸があり、東麓に館跡や侍屋敷跡がある。古城の旧態をよく保ち、ことに石組の堅固さ、雄大さは比類のないものである。

 城跡は昭和17年(1942)10月に国の史跡に指定されており、現在は公園として親しまれている。津和野の町を展望するのには最適の場所であり、北方になだらかな稜線をみせてそびえる青野山の山すそに広がる家並みと、その中をゆるやかに流れる津和野川を一望できる。

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住所 島根県鹿足郡津和野町後田
お問合せ先

(一社)津和野町観光協会

島根県鹿足郡津和野町後田イ71-2

〒699-5605

電話:0856(72)1771

FAX:0856(72)1191

アクセス JR山口線津和野駅から車5分、リフト5分、本丸まで徒歩20分。
料金 <リフト>
往復:中学生以上450円 小学生400円
片道:中学生以上350円 小学生300円
営業時間 <利用可能時間(営業時間)> 見学自由(観光リフトは10:00〜17:00)(昇りは16:30まで)
<定休日(利用可能期間)> 12月1日〜2月末は土日祝日のみ運行(ただし1月1日〜1月5日は運行)
駐車場 30台(無料)