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モリハンチョウアト

母里藩庁跡

学び舎にひっそりと建つ石碑~母里藩庁跡

伯太中学校の西側で卯月川の高台にあります。母里藩は、石高1万石で松江松平藩二代藩主綱隆の弟隆政が分治して成立した藩です。寛文6年(1666)に分封は決定されていましたが、まだ封地は定まらず、母里に藩地が決定したのは貞享元年(1684)であるといわれています。このころ、藩館も落成したと思われます。しかし、藩主はじめ主(おも)だった家臣は江戸に在住して、この藩邸に藩主が住むことはなかったのです。さらに三代直員(なおかず)の時、藩財政は破綻し、立て直しの出来ない責任をとって、宝暦9年(1759)に今村、前田両家老が割腹し、翌年には本家松江藩の命で、母里藩邸は売却されたということです。この後、藩邸は建築されぬまま幕末を迎え、最後の藩主十代直哉が、藩主として最初で最後の帰国をした際も、藩邸がないため、家老邸が仮の御殿になったのです。
藩邸の規模は間口12間、奥行8間で、大広間、溜間、奥向、用人間など17間よりなり、その他宝蔵、道具蔵、米蔵などがあったということです。

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