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武蔵坊弁慶まつり

 弁慶にまつわる史実には諸説がたくさんあるが、『雲陽誌』や出雲地方のいろいろな伝承によると、仁平元年(1151)3月3日、今の松江市に生まれ18歳の時、鰐淵寺に修行僧として入山、やがて藩州書写山に仏教を学び比叡山延暦寺に登って牛若丸と運命の出会いをする。
 文治元年(1185)源氏は平家を一の谷、屋島・壇ノ浦で破り滅亡させ、義経にしたがっていた弁慶は久し振りに鰐淵寺などへ里帰りをし、師の使いで鳥取県の大山寺へ行ったところ、大山寺の僧が「一夜のうちにこの釣鐘を持ち帰るならあげよう」と言ったので、鰐淵寺の釣鐘によいのでほしいと思っていた弁慶は、その釣鐘を担ぎ棒の後ろへ吊るし、前には提灯を下げて一夜のうちに持ち帰ったと伝えられている。それ以後釣り合わないことを「提灯に釣鐘」というようになったという。
 この弁慶釣鐘伝説をもとに、10月最終日曜日に鰐淵寺では「武蔵坊弁慶まつり」(武蔵坊弁慶まつり実行委員会主催)が開催される。
 僧兵姿の弁慶が一夜で持ち帰ったという鐘の模型を背負い同じ僧兵姿の僧たちを従えて、鰐淵寺参道を悠然と歩く。この僧兵たちのあとを、稚児、豆剣士も加わり、時代色豊かな行列が繰り広げられる。

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