出雲弁の横綱はなんといっても「だんだん」であろう。ありがとうという意味の言葉だが、どことなく「おんぼら」、つまりほのぼのとした温かさが感じられる言葉である。夕暮時の挨拶に使う「ばんじまして」にしても、感嘆詞の「あだーん」にしても、出雲弁は「はばし」さ、つまり激しさがない。のびやかで「おちらと」、ゆっくりした言葉である。何々を「しちょうなあ」など、言葉の言いまわしが丁寧に使われる傾向がある。このような単語としての方言のほかに出雲弁の特徴は、東北弁に似たズーズー弁であることだ。標準語でいう「エ・イ」や「ラリルレロ」が明瞭でない。よく例に出る「わたすのおまれは、おんすうふらた」というズーズー弁は、実は「私(わたし)の生(う)まれは雲州平田(うんしゅうひらた)」と言っているのである。他地方の人の耳に何を言っているのかわからないと言われるのは、この発音の不明瞭さによるのである。「あのね」の「ね」が「あのにゃー」と聞こえ、「だらず」(馬鹿の意)の「ら」が省(はぶ)かれて「だーじ」になるのである。
なぜ出雲地方にだけ、ズーズー弁があるのかということについて、それは北前船(きたまえせん)の船乗りによって伝えられた、などと言う人もいるが定かではない。柳田国男は文化の中心地で新しい表現が発生すると、それまで使われた古い言葉は中心地から波紋を広げたように同心円的に他地域に広がっていって、そこで古い言葉が残っていくという、方言周圏論を説いている。中心地とは京都大阪であって、古い言葉の残る他地域とは、出雲であり、東北であるとするのである。それを裏づけるように、昔は標準的に使われていた大騒ぎという意味の「はいごん」や自然をかつて「じねん」と言っていたその言葉が、出雲弁に残っていることでうなずける説である。なぜ、ズーズー弁が中国地方では出雲にだけ残ったかというと、石見や因伯地方にくらべて、出雲が地理的に封鎖的であったからだといえるだろう。古い言葉を温存する出雲弁も、最近の若者の間ではほとんど使われなくなってしまった。
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