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デン・アマゴハルヒサノハカ

伝・尼子晴久の墓

(伝・尼子晴久墓)
塩谷(しおたに)の奥、月山(がっさん)の南麓にある来待石(きまちいし)製の宝篋印塔(ほうきょういんとう)。

尼子 晴久は経久の孫で、父政久の急死により若くして家督を継いだ。天文9年(1540)に安芸国の毛利元就を攻めて敗北するが、その後大内義隆の出雲侵攻を撃退すると勢力を回復し、毛利を破って石見銀山を奪取するなどした。また内政的にも一族の新宮党を滅ぼし家中の統制強化に着手した。天文21年(1552)には室町幕府より山陰・山陽八ヶ国の守護に任命されて尼子氏の全盛期をもたらしたが、永禄3年(1560)47歳で急逝した。

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